そして、生かす道。3

ギィが宿の扉を開けると、夜風がその銀髪を揺らした。 外の気温は季節的には暖かくなったが、夜はまだ肌寒い。

月明かりを頼りに町へと2、3歩足を踏み出したとき。
ギィの視界の隅に、宿の入り口の柱を背にもたれかかりタバコをふかしている人物の影が目に入った。 一瞬足を止めた後、ギィはその存在を無視して歩きだそうとした。 が、すぐにそこからゆったりとした独特の口調を帯びた声が掛かった。

「…いけませんねぇ。こんな時間に外出とは。この辺りはあまり夜、治安良くないんですよねぇ…」

ギィは歩き出そうとした足を再び止めた。顔はそちらに向けず、横目でその人物を見やる。 呼び止めたのは、先程クランに入ったばかりのアルシドであった。

「あなたのように美しい人は、無事に帰って来られないかもしれませんよ…」
「結構。そういう事態には慣れている。用が無いなら失礼」

ギィは会話に強い口調で終止符を打ち、さっさと先に進もうと試みた。 だが、アルシドがギィの腕を掴み、その場に留めようとする。 彼はギィの背後に回り込み、ギィの銀髪を手に取ったかと思うとその手で細い髪をそっと梳いた。

「あなたは帰って来るつもりは無い。違いますか?」
「………そういう趣味がお有りか?」
「いえいえ、私が好むのは美しい『女性』達です」
「では、俺を事は放っておいていただきたい。あなたには関係の無い事の筈だ」

ギィは今度は相手の方を振り返り、その目を見て言い放った。 尤もその目は暗いサングラスに隠れて、表情を読み取る事が出来なかったのだが。

「まぁ、私はいいんですけどねぇ…。あなたが居なくなれば、あの美しいフリメルダさんが悲しまれるのでは? 今までの彼女の態度を見ていれば、どういう気持ちであなたを見ているのか、くらい見当が付くものですが」
「だからこそ…。あなたはご存知ないかも知れんが、俺はあと幾ばくかの命なのだ。 彼女の気持ちを受け止めようとも、俺にはどうする事も出来ない…」
「それで、これ以上彼女の想いが大きくならないうちに去ろう、と。はぁ…。実に羨ましいですなぁ。 あのような方に想われるなんて」

アルシドは片手を上げその独特のサングラスをつい、と外し、ギィの目を正面から見据えた。

「去りゆくあなたには関係ない事ですよねぇ…。それでも聞いておいても宜しいですか? あなたが去って悲しむフリメルダさんを慰め、できればそのまま私のものにしようかと思っているんですが、どうでしょう?」

ギィはその言葉に、にわかに唇を噛んで拳を握りしめた。そして押し殺したような声で答えた。

「…あなたが………彼女を幸せにしてくれるのなら………!!」

言い終えるとギィはアルシドの顔も見ずに足早に去っていった。 アルシドは去りゆく背に何も言わず、深い溜息を吐いた。

「やれやれ。自分に正直に生きられない、というのも面倒ですねぇ。 せっかく美しく生まれてきたのに、あのような顔をされると残念でなりません。 さて、どうしたものか?」

アルシドはぐぐっと伸びをすると、宿の壁を見上げて、ある部屋の窓をじっと見つめた。 そこは、眠っているフリメルダがいる場所であった。

眠りについていたフリメルダだが、その耳になにか微かな音を感じて、うっすらと瞼を開いた。

「…ギィさん?」

まだうつろな頭でゆっくりと身体を起こし、周りをきょろきょろと見回す。当然の事だが、ギィの姿は無い。

「ギィさん!!」

その事に理解すると、フリメルダは急に頭が醒めて、あわてて飛び起きた。 すると窓ガラスがカツン、と何か硬い物にあたったような音がした。 おそらくフリメルダを眠りから呼び起こしたのもこの音だ。

慌てて窓枠にしがみついたフリメルダは窓の外を見回した。 遠くに町の中心へ向かって歩く、見慣れた長い銀髪の後ろ姿。 それがどんどんこの宿から離れていくのが分かった。

フリメルダは自分が夜着のままなのも忘れ、そのまま宿を飛び出した。 真っ直ぐに駆けてゆくフリメルダの背を見送りつつ、アルシドは手にした小石を足元に放りなげた。 窓にこれをぶつけてフリメルダの目を覚まさせたのは彼らしかった。

「…いやいや、私も甘くなったものですなぁ。 ですが、これでもあなたが彼女を遠ざけるようなら…私も遠慮しませんよ、ギィ・イェルギィ」

ニヤリ、と口端を上げたアルシドは、ひとつ伸びをすると宿の中へと戻っていった。



「…ギィさん!ギィさん!!」

ギィは背後から聞こえるその声に気が付いていたが、振り返ろうとしなかった。いや、出来なかった。 彼女と目が合えば、また自分は甘い期待に捕らわれてしまう。 葛藤する間も無く、フリメルダの手がギィの袖を捉えた。

「ギィさん!!………どうして?」

フリメルダも追いかけてきたはいいが、それ以上声にならなかった。
『どうして?』
自分から去ったということは、ギィから自分が必要なかったからだと判断していい。 だが、そうは思いたくなかった。返答が恐くて、それ以上ギィに問いつめる勇気がない。

フリメルダから非難の声が掛かからないと分かると、彼女の様子が気に掛かり、ギィは振り返った。

「なんて格好だ、剣聖!…風邪を引いてしまうぞ」
「………だって、ギィさんが…」

咄嗟に飛び出してきたフリメルダはあとは休むだけだったので、夜着のままで外に出たのだ。 両肩をその手で抱くフリメルダに、ギィは自らが着ていた上着を脱ぐと、フリメルダの肩に掛けた。

「…さぁ、宿に戻れ」
「い、嫌です。私…!」

二人は目の前の問題に必死になっていたためか、いつの間にか周りに人が取り囲んでいるのに気付かなかったらしい。 フリメルダが声を詰まらせたのに不審に思ったギィが周りを見渡すと、いかにも人相の悪そうな男達数人がニヤニヤしながら自分達を眺めていた。

「お兄さん、彼女泣かしちゃ駄目だろぉ?」
「ひゃ〜、かわいそうに!俺達が慰めてやろーか?」

ギィは男達を冷ややかな目で一瞥すると、自分の背にフリメルダを押しやってその腰のあたりを見やった。

(剣聖は帯剣していない…。ここは問題を起こさぬ方が良いな)
「…何も問題はない。俺達に構わないで頂きたい」
「へぇ、おねーちゃんはそんなあられもない格好してるのにか?いいから俺らに任せとけよぉ」

男のひとりがフリメルダに手を伸ばそうとしたので、ギィは素早くその腕を掴んだ。 男はギィの細腕からの意外な腕力に、焦りを覚えたらしい。 慌てて振り払おうとしたが、それは無駄な抵抗だった。 その様子を見ていた仲間達は一斉に殺気立って、それぞれの武器を抜き払った。

「剣聖、今のうちに帰るように」

ギィはフリメルダに耳打ちすると、腰の刀に手を掛けた。 フリメルダはすぐに邪魔になると察し、近くの木の陰に下がった。

「…お兄さんよ、そんな女みたいなナリで刀を振り回せんのかい?」
「………」

無言のギィに男達は恐れて声が出ないと受け取ったらしい。 男達は顔を見合わせてヘラヘラと笑い合った。

と、その一瞬の隙にギィは正面の敵の懐に飛び込んだ。 相手を気絶させる事で十分なので峰打ちだったが、誰もその太刀の動きに気付かなかったらしい。

フリメルダは咄嗟の事で油断している仲間に近付き、その脇腹に一撃くれて倒した後、相手の剣を奪って返す剣ですぐ側にいた敵をも倒してしまった。

すぐさま、フリメルダはギィの背後にその背を合わせ、互いの背を守り合うように構えた。

「…帰れ、と言った筈だ」
「嫌だと言いました!」
「ふ、頑固者め」
「お互い様です」

苦笑する二人の実力を見て只者ではないと悟った荒くれ者共は、倒れた仲間を見て慌てて去っていった。 敵が去ったとみたギィは刀を鞘に納め、フリメルダも倒れた悪漢の側に剣を戻した。

「ギィさん、私…」
「もう、何も言うな。俺の負けだ」
「え、それじゃあ…」
「あなたを見ていると、あれこれ先の死について考える事が馬鹿馬鹿しく思えてきた。 そのときはそのときだ。何より…これ以上自分から逃げてもあなたが追いかけてきそうだからな」
「では、一緒に来て下さるんですね!」

フリメルダはギィが答えようとする前にその身体に抱きついた。 ギィは返事をする代わりに、彼女の髪を優しく撫でた。 二人はその存在を確かめ合うかのように、長い間お互いの体温を感じていた。

それからギィはガリークランと共に、長いようで短い、短いようで確実に実りのある時間を過ごす事になる。


続き


(09.5.11)



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