そして、生かす道。2

夜、ガリークランは宿でそれぞれ割り当てられた部屋に分かれた。 フリメルダはアデルとパンネロと同じ部屋に充てられ、それぞれが就寝まで自由時間を過ごしていた。

風呂から上がったフリメルダは夜着に着替えてベッドの上に座り、物思いにふけながら濡れた髪を乾かしてゆっくりと髪を櫛で梳かしていた。 窓からゆらりと入り込む夜風がフリメルダの髪を揺らす。 その瞳はどこか遠くを見ているようだった。

フリメルダはそうやってぼうっとしているところを、後ろからつむじをコツンと小突かれた。 もしやと思い振り返ると、そこには小突いたばかりの拳をひらひらと振ってみせるアデルの姿。 フリメルダはバツが悪そうにアデルの顔を見上げた。

「アデル…。怒ってます…よね?」
「別にぃ?アタシが怒るようなマネされたワケじゃないし」

アデルはふぅ、と溜息をひとつ吐くと、ボフンとフリメルダの隣に座って腕組みした。

「ギィとは話、できそうにないの?」
「…何となく、ですけど。ギィさんどこか壁を作っている気がしません?」
「それはそもそもあの人が人付き合いが苦手…というより、煩わしいんでしょうよ」
「そ、そうですか…。私とも話したくないんでしょうか?」

消え入りそうな声で悄気るフリメルダをじーっと見つめた後、アデルは再度つむじを小突いた。

「あぁ!あまり小突くと痛いですっ!」
「あなたねぇ。私が彼の気持ちを代弁できるとでも思ってんの?
…少なくともね。自分の命を掛けてまで守ろうとした人を嫌っている、なんて考えられないわ」
「…はい。でも、私と目を合わそうともしてくれないんです」
「どちらにしても、本人と話すしかないじゃない。 フリメルダ。あなた、どうして去ろうとしたギィを引き留めたワケ? そのときの気持ちを思い出せば?」

咄嗟に出た行動。無意識にギィを引き留めた自分を包んだそのときの感情。
どうしてもこのまま一人にしたくなかった。
…でも、それで自分はどうしたかった?

「アデル…。私、今からギィさんに会ってきます!」
「はいはい、どうぞ」
「アデル、どうしてこんなに私を気遣ってくれるの?」
「後で後悔しても一人になってからでは遅いの。それが誰よりもよく分かってるからよ」
「…え?なんです?」
「…なんでもないわ。さっさと行ってきなさい!」

アデルはおろおろしているフリメルダの背を押して部屋から出して、バタン、と勢いよく扉を閉めた。 扉の向こうのアデルの様子が気になったが、これは彼女なりの照れ隠しなのだろうとフリメルダは受け止めた。 それよりも、自分が気後れせぬ内にギィに会っておきたい。フリメルダは少し小走りに廊下を駆けだした。

ふ、フリメルダは立ち止まる。このクランは大所帯だ。誰がどの部屋にいるのか把握していない。 一気に脱力してはぁ、と深い溜息を吐いた。一人ひとりに彼の居場所を聞いて回るのも気が引ける。

来た廊下を振り返って戻ろうとすると、階下から一際大きな影が階段を上ってくるのが見えた。

「…シド、ですか?」
「お、フリメルダ。どこか出掛けるのか?休めるときに休んでおけよ」
「えぇ。シド、聞きたいことが…」

リーダーなら把握しているだろうと、とくに詳しい事情は話さずにギィの部屋の場所を聞いた。

「あいつならこの上の一番奥だ。たぶん、ひとりで居ると思うぜ」
「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げるとフリメルダは階段を上ろうと足を踏み出した。 だが、その腕はシドの大きな手にそっと掴まれて彼女は踏み留まることになった。

「…フリメルダ。あまり人の事を詮索する趣味はねぇが」
「ギィさんの件ですか。リーダーのあなたの許可も無く勝手した事を快く思っていませんか?」
「いや、俺はクランメンバーそれぞれの意志を尊重したいと常々考えてる。それはいいンだ」

シドは少し視線を逸らすと、ゴホンと咳き込んだ。

「ギィだけどな。俺の意見としては、アイツはあのまま行かすべきだったと思ってる。 本人は人に戻れたアンタと剣を交えることができて満足している。…それ以上はもう求めていない筈だ。 これ以上関わると…フリメルダ、おまえさん自身が傷付くことになるぜ?」
「ギィさんがこれからどうなってしまうのか…。私にはある程度覚悟は出来ているつもりです。 でも…それでも私は!」
「いや、おまえを責めようと思って声を掛けたワケじゃねぇ。先の事を理解しているなら、俺からどうこう言うつもりはねぇよ」

そう言い終えると、シドはそっと掴んだ腕を放して何事も無かったかのようにその場を去った。 去りゆくシドの大きな背を見ながら、フリメルダが呟く。

「ありがとう、シド」

フリメルダは身を翻して、ギィの部屋に向かって階段を駆け上った。

ギィの部屋の扉は固く閉ざされている。 フリメルダは大きく深呼吸をしてその扉を軽くノックした。

「………ギィさん?いらっしゃいますか?私です」

とくに返事が無かったので、もう一度ノックした。人の気配は感じるが、寝ているのかも知れない。 暫くしても応答がなかったので、溜息をひとつ吐いた後フリメルダは自室に戻ろうと扉を後にしようとすると、そっと静かな澄んだ声が掛かった。

「…何用か?」
「ギィさん!…少しお話できませんか?」
「…戸は開いている。入れ」

許可が出たので扉を開けると、ギィは床に座り込んで刀を研いでいた。 彼は唇に研いだ刀を拭く為の布を銜えていたので、そのせいですぐに返事ができなかったのだろう。

「好きなところへ座れ。何の用だ?」
「いえ、あの…。終わるまで待っています。お邪魔してしまってすみません」

ギィのすぐ側にあったベッドの端に行儀よく座ると、フリメルダは作業をするギィの背をじっと眺めていた。 するとギィは道具を隅に置き、すっくと立ち上がったと思うとフリメルダのから人ひとり分開けた場所に腰を下ろした。

「…話を聞こう」
「あ!いいんです。邪魔しに来た訳じゃありませんので…。どうぞ続けてください!」
「見られていると気が散る。先に用件を聞こう」
「そ、そうですよね…。すみません…」

フリメルダが萎縮して黙り込んでしまったので、二人の間で気まずい沈黙が流れた。

「…とくに用事がないのならば一人にして貰えるか?」
「ぎ、ギィさんっ!」

フリメルダはギィの淡々とした物言いを余所に、話すなら今を逃せぬとばかりにギィに詰め寄った。 ギィはフリメルダの勢いに押されて、思わず目を丸くした。

「ギィさんは私と話すのが嫌だったりします? その、あまり私に興味を示して貰えないというか、もっとギィさんから私に対して語りたい事とか無いんですかっ? ギィさんは…何故、共に来てくれたんです?」
「………」
「ギィさん!」
「一度に色々話されても答えようがないな」
「は!すみませんっ。なかなか話せないからこのときとばかりに…!!」

フリメルダは自分の失態に気付き、耳まで顔を真っ赤にさせた。 目の前で百面相するフリメルダに、さすがのギィも苦笑した。

「ふ、面白い方だ。…まず、あなたに興味がない、という事はない。語りたい事は全て語った。共に来たのは、あなたが来て欲しいと願ったからだ」
「…は、はぁ」
「そちらの問いには答えられたな? 納得したら自室へ帰れ」

これ以上言うことはない、とばかりにギィは入り口の扉へ視線をやった。 慌てたフリメルダは、小首を左右に振った。

「違うんです。もっとなんというか…。ギィさんの事を知りたいんです。もっとあなたの話を聞きたい。 あなたの事を知りたいんです」
「知ってどうする?」
「………え?」
「俺の事は共に剣を交えた相手、程度に覚えててくれればいい。 あなたに不要な記憶ならば、忘れてくれても構わん。それ以上、俺は望まぬ」
「ギィさん、そんな…!忘れられる訳、ないじゃないですか!どうして。どうしてあなたは…!」
「そんな事よりも。そうだな、あなたにひとつ言っておきたい事がある」

それまで手にした刀を眺めてこちらの方を見ようとしなかったギィが横目でフリメルダの顔を見やった。 ギィのその視線に今迄とは違う熱を感じ、フリメルダは思わず無意識に後すざった。

「このように夜も更けた時間に男が部屋に一人でいると分かってやってくる、ということがどういうことか。 あなたは思い知る必要があるようだな」
「………!!ギィさ…ん?」

フリメルダが事の理解をしようと気を逸らした隙に、ギィはそっと彼女の肩を押した。 気を抜いていたせいで抵抗する間も無く、フリメルダは押し倒されてしまった。 目の前にギィの顔が迫り、その瞳に自分の顔が映しだされたとき、フリメルダは声も出せずに息を詰まらせた。

長く感じられたその時間は、本来は一瞬の事だったのだろう。 ギィの瞳が伏せられると、すぐに彼はフリメルダから身体を離した。

「あなたは人の痛みには敏感だが、自分の身に起こることには認識が甘い。俺にはそう感じる」

ギィは立ち上がると、夜風が吹き込む窓の側に立ち、その風に身を委ねた。 今夜は月の光が強いのか、町の灯りが多いのか、強い光を放つ星が夜空に点々と見えるのみだった。 その星々を見つめつつ、ギィは謳うかのように語った。

「あなたは…俺がその命を甦らせたから、特別な存在だと思いたいだけなのだ。 だが実際はどうだ。俺はあといくばくかの命。それと関わってあなたに何になる? …あなたに俺の想いを伝えたところで、あなたの心に残るのはその重みだけだ」
「…ギィさん」
「終わる者のことより、あなたはこの先に出会う者を想って生きるべきだ。あなたに幸せをもたらす事ができるのはこの先、生きる者だけ。俺はもう過去の存在で……剣聖?」

ギィが肩越しに見えたのはその肩口をぎゅっと掴むフリメルダの手だった。 あの時、ギィを引き留めた時と同じ、背中に見えるフリメルダの姿。 また同じように顔を埋めて、耳を赤く腫らしていた。

「ギィさんがこれからどうなってしまうのか…。私には不安ですが、ギィさんにはそれよりもっと…。 いえ、ギィさんはもうこれで満足してしまっているのかも知れません」

そう言って、フリメルダは目に涙を浮かべたまま、顔を上げた。

「ギィさんはもう先が無いと言います。事実、その通りかもしれません。 でも今こうして会話ができる、触れることができる、そしてあなたはこんなにも温かいじゃないですか…!」

フリメルダは泣き笑いのような表情になり、ギィの瞳を正面から見つめた。

「今、目の前で確かに存在する、ギィさん。
私はあなたの事が………何もかも蟠りも考えず、私はあなたの事を…好きになってはいけませんか?」
「…………フリメルダ……!!」
「やっと…。やっと名前で呼んでくれましたね」

今度は正面から向き合って、フリメルダはギィに抱きついた。 自分の胸で声も無く泣き続けるフリメルダにギィはただただ戸惑うのみだったが、少し躊躇した後にその背を撫でて呟いた。

「すまない………」

月に照らされた二人の影が熔け込んで、優しい光に包まれていた。 そこにある確かな存在とギィと話せた安心感に、フリメルダは心に安らぎを感じたのか、深い眠りについていった。

ギィは腕の中で静かに眠るフリメルダを抱きかかえ、起こさないようにベッドに寝かせた。 暫くはその側に座り、涙の跡が残る寝顔を眺めていた。 おずおずと手を伸ばし、フリメルダの頬にかかる髪をそっとかき上げる。 その髪を撫でた跡、ギィは思い詰めた表情で立ち上がり、部屋を後にした。


続き


(09.4.25)



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