出会い 1

そこであいつと出会ったのも、たまたまだったンだ。

俺がこのいわく付きの組織に入った理由なンて忘れちまった。
おそらく特にすることが無かったとか、ちょいと実入りがよかったとか、 ここに入る為に犠牲にするようなモンもなかったとかそンな理由だ。

この目立つ姿で働けるようなところがこのユトランドでもあまりなかったってのもある。 やってるコトの善悪なンてあまり考えなかった。 それだけそンときゃ深く考えずに生きてたってコトさ。

こんなところに居るとイカレた性格の連中も多くて、部下どもが根を上げて辞めていっちまうコトもある。 ここは普通の会社とは訳が違うから、大抵の奴は記憶か存在を消されたりするンだが…。
…まぁ、その話はいいだろう。

とにかく、組織の中でも比較的まともで人当たりの良さそうだと認識されているらしい俺が上からグラスの町に異動するように言われたのは、ちょうど一般的な会社でいう、いわゆる中間管理職あたりになったあたりの事だった。

グラスの町っていうと、面向きで活動しているカームカンパニーが拠点ともしている場所で、カミュジャの中でも上層部の連中がうじゃうじゃといやがる場所だ。 そんなところに配属となると、通常なら昇格したと喜ぶべきなンだろうが、正直嫌事を押しつけられるんじゃないかとイヤな予感がしてたンだ、これが。

俺はグラスの中でも人目の付かない奥まったところにある、指定された場所に向かった。 そこは港の端っこにある既に使われなくなった場所で一見、古い船着き場にしか見えない。 一応、開きっぱなしになった窓からは、今にも朽ち果てそうなテーブルとイスがいくつか置いてあるのが見える。 今も、ここに来る釣り人達が休憩する為の場所となっているらしい。
俺はなんとなく欄干から釣り糸を垂らしていた釣り人に声を掛けてみた。

「なぁ、じいさん。こンなところで何か釣れるのかい?」
「ん〜?…まぁまぁ、だな」

まぁまぁという割には、ン・モウの釣り人のバケツの中身はからっぽだった。エサの無駄使いとしか思えない。年寄りの暇つぶし、といったところだろう。

「ときにはアンタみたいな、いい男も釣れる」
「はは!可愛いお姉ちゃんじゃなくて悪かったな!」

ニヤリと笑ったン・モウは顔に似合わずジョークもかますらしい。
そのとき、ス、とン・モウの顔から表情が消えた。

「…アンタ、シドだろう?奥のカウンターの裏に階段があるから、下に降りて待ってな。待ち人に会える」

なる程、彼もカミュジャの幹部の一人なのだろう。強い視線と気配はただ者ではないと感じさせた。 俺はカビた臭いのする暗い室内に入ると、部屋の中心に置いてあった唯一の明かりに火を付けた。 ランタンの光がゆらゆらと薄暗い室内を照らす。

やれやれ、だ。なンだか大歓迎ってムードでもなさそうだと感じた。 小一時間程待っただろうか。階段に沿って大柄な人影が伸びてくるのが見えた。 なンだかなぁ…。これから自分が処分でもされそうな雰囲気だった。
だが、すぐにそうではないと分かった。現れた人物が顔見知りだったからだ。 もっともそいつは常に兜を被っているものだから、正式に言えば「顔見知り」ではなく、「気配見知り」ってトコかな?妙な言い回しだが、俺は顔が見えないくらいなら気配で相手を特定することくらいはできる。

その竜騎士の知人は俺が組織に入った当時からの知り合いで、そのときから顔を見た事がない。 分かっているのはその出で立ちから「バンガ族」ということくらいだ。 その為か敬遠されがちだが、礼に厚く仕事の出来る男で、俺はそいつを気に入っていた。 彼絡みならば、いきなり処分されちまう、なんて理不尽なコトはないだろう。
上にそう命令されてなければ、の話だが。

「久しぶりですね、シド。昇格おめでとう、でいいんでしょうか」
「どうせ面倒事押しつけ係任命、だろ?めでたくねぇよ」
「話が早いですね。そう不本意な話ではないと思いますよ?では早速、本題にいきましょうか」

それまで気が付かなかったンだが、奴の後ろにひとりの女が立っていた。 線が細く白い肌、隙の無い佇まい、これまた白く小さい、オッソロシイ程綺麗な顔には底冷えするような青く感情のない瞳が俺の姿を映していた。
そう、彼女が後に一緒に組むことになるご存じイルーア、その人だ。

「シド。あなたは今後、このイルーアと組んで活動していただきますね」
「………そうか。宜しくな、イルーア」

俺としては極力感じ良いように努めたつもりだが、彼女は差し出した手を見もせずに溜息を吐いた。

「こんなことで呼び出されるなんて無駄な時間を過ごしたわ。他に用が無いなら帰るわね」

そう吐き捨てると、彼女はさっさと来た道を戻り始めた。
あぁ、そうですか。面倒で悪かったな、オイ。
まぁこんなカビ臭いところに若い女が連れてこられりゃ、いい気はしないだろうがな。

「なぁ、アレ。もうちょい上の幹部に付いて貰った方がよくねぇか?俺じゃ多分、馬鹿にされて終わりだと思うンだが…」
「言いたい事は分かりますが、誰が付いても駄目だったんですよ。人当たりのよいアナタなら、と」
「ふぅン。…組織はそこまでしてアイツを置いておく理由があるンだな?」
「私もよくは知りませんが、彼女にしか引き出せない“力”があるみたいですね」
「“力”ね…。あンま、検索しねぇ方が身の為だな。ま、命令なら仕方がねぇ。だましだましやってみるさ」
「相変わらず苦労性ですね、シド。ご自分の身を大切に」
「へいへい」

それからイルーアと仕事をすることになったはいいが、お互い忙しい身でもあるし、出会ってから一ヶ月程はゆっくり会話をする機会も無かった。 俺はというと、組織に入ったばかりの若い連中にエンゲージのノウハウを教えたり、グラスの町での組織のやり方に馴染むことに時間を使っていた。 そんな中で一度だけイルーアのエンゲージを見た事があるが、俺が知らンような魔法を使いこなし、あの細腕で軽々と華麗に刀を振り回す姿は見事、としか言いようがなかった。成る程、組織が手放したくない訳だ。

ある日、グラスの町にあるアジトの1つに任務から帰ってくると、偶然扉を開いた一室にイルーアが居た。 彼女は机に向かい、羊皮紙の上でペンを走らせていた。 こうして眺めているだけなら、目の保養になるイイ女なんだがなぁ。
ある程度、イルーアが仕事を終わらせたのを見届けてから俺は声を掛けた。

「よぉ、お疲れさン」
「…誰だったかしら?」
「ホレ、一ヶ月程前、挨拶したじゃねぇか。シドだ、シド」
「用が無いなら出ていって」
「そうつれなくすンなよ。これから一緒にやってくンだから、メシでも一緒にどうだ?」
「…私は誰にも構って欲しくないの。組織に一人でやらせて欲しいって言っているのに」
「そうは言っても、通らねぇなら仕方ねぇじゃねぇか。自分で言うのもナンだが、これでも結構俺は使えるぜ?お前の邪魔になるような無様なマネはしねぇって」

そう言うと、イルーアはやっとこっちに向き直った。 暫く俺を眺めているかと思ったら、側に来て「ふぅん」と言いつつベタベタと不作法に触れてきた。
何なンだよ、一体。逆なら普通セクハラ呼ばわりされてるぞ。

「あなた…。組織から派遣されてきた、私の「見張り」ではないの?」
「あぁ?」
「私が手に入れようとしている“力”を私が組織の為に使うかどうか。その監視に来たのでしょう?」
「…?よう分からンが、俺はお前とお互いサポートし合って任務をこなすように言われてるだけだぜ?」
「信用できないわ」
「まぁ、そりゃそうだろうな。これからの事を考えて交流でもしねぇか、と言ってるんだが」

そう嫌そうな顔するなよ。こっちだって相手を選べねぇンだぜ? まぁ、こんな感じで今迄どの幹部のコイツの相棒を続けられなかったンだろうがな。

「あなたと馴れ合うつもりは無いわ。私に構わないで」
「馴れ合う必要はねぇが、いがみ合う必要もねぇだろ? 第一、一緒に居てそんなツンケンされると寂しいじゃねぇか」

っと…。しつこい男だと思われたか?
イルーアはこちらをギっと睨んでその手には拳が握られていた。

「あぁ、悪かったよ。もう声掛けねぇから…」

そういって部屋を出ていこうと回れ右をすると、俺の腰にイルーアの白い腕が巻き付いた。
何なンだよ、どうして欲しいンだ。だから訳分かンねぇ女相手は嫌だったンだ!

「…おい」
「私と仲良くなりたいんでしょ?」
「信用できないンじゃなかったのか?」
「信用していないし、これからするつもりもないわ」
「あぁ、そうかい」
「でも、あなたのエンゲージでの戦いぶり、気に入ったわ。ようやく使えそうな駒がきたようね」

イルーアは俺の腕を取ると、側の長椅子に導いて俺と共に隣に座った。 やっと俺を話し相手として認めたらしい。
ていうかエンゲージが気に入ったって…。 誰だとか言っておきながら、ちゃっかりこっちを見てるンじゃないか!さて、何を話そうか。 考える間も無くイルーアは俺の膝の上にのし掛かろうとした。古い長椅子がギシリと音を立てる。

「…コラコラ!何すンだ!」
「何って…そんな事言わせる気?」

イルーアが俺の首にその細い腕を回して、ニっと嗤う。その瞳は先程とは違い、妖しく濡れて爛々と輝いていた。 俺がお前の父親ならお尻ペンペンだぞ、オイ!

「何て顔してるの?嫌いじゃないんでしょ」
「まだ俺達は出会ったばかりだ!」
「何か問題あるの?」
「何でそんな自暴自棄になってンだ?力を求めるのも、相棒を必要としないのも、誰も信用しないのも、今俺を欲するのも理由があるんじゃねぇのか?話したくないならいいが、俺はコンビを組む相手ならそういうことをじっくり話し合えるような仲になれればいいな、て思っただけだ」
「…あなたってお喋りなのね。やっぱり嫌いだわ」

イルーアはいつもの冷たい無表情に戻り、俺の上からスっと退いたと思うと、さっさと部屋を出ていっちまった。
…ちょっと惜しかったかなと思いつつ、俺はこれからのアイツとの生活を思い宙を仰いだ。


続き


(08.3.29)



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