※多少暴力的な表現があります。苦手な方は閲覧を控えて下さい。
商売というものは人が居る場所で成り立つものである。 ここグラスの町でもそれは同じで、船乗り達が集まる朝・夕は盛況だが、昼間となると港は閑散としてしまう。グラスの商売人はクラン相手の商売でなければ、朝仕事が終わると夕方まで眠り、それから仕事を始めるという昼と夜が逆転した生活をしている者も少なくはなかった。
港の漁師達の隠れ家的な酒場もこれに習い昼間は閉まっているのだが、店主が何気なく店の掃除でもしようとこの日は店を開けていた。やはり人は疎らで、店主の店も一人二人いた客も居なくなり、結局店主ひとりになってしまった。腕組みをして首を捻った後、このテーブルを拭いたら店を閉めようと思い直した。
そのとき後ろから「失礼する」と静かな声が掛かり、店主はテーブルを拭く手を止めた。
「…あ!はい。いらっしゃいませ」
「もう店は閉めてしまうのか?」
「いえ、お客様がいらっしゃるなら閉めませんよ。さぁ、どうぞ!」
店主はカウンターの中に入ると一人でやってきた客にカウンター席を勧めた。店主は手を洗いながら、客がゆっくりとした動作で席に落ち着くのを眺めていた。
「お客さん、立派な刀ですね。この辺りにも用心棒の方の姿を見かけるようになりましたねぇ」
「以前は珍しかったのか?」
「そうですね。今や『イーストランド』が活躍するようになってメジャーになりましたけど、着物姿のジョブというのはなかなかお会いする機会もありませんでしたし。ま、お客さんみたいに粋な方ならいいですが、我々じゃ着物を着こなせませんからねぇ」
店主は仕事上話好きのようで、暇を持て余していた時にやってきた客にいろいろ聞きたがり、寡黙な客は苦笑した。
客はスラリとした面長な青年で、女性と見間違う程、稀なる美貌の持主であった。
静かに湛えた微笑みを見ると店主は心騒ぎそうになり、慌てて視線を自分の手元に移した。
「何か飲まれますか?」
「では店主のお薦めのものを。酒は飲まぬ」
客の足元を見る限り、ここに来るまで長い間歩き詰めだったように見受けられた。 店主は客の疲れが取れるよう、香りの良いハーブティーを出した。 客が物静かな人物とみて、店主は疲れさせぬよう自分の仕事に没頭することにした。
暫くすると、客の方から店主に話し掛けられた。
「ここには様々な客が来るだろう?ユトランド中の旅人が…」
「えぇ。もちろん、地元の漁師以外も訪れますよ」
「では著名人も来ることがあるか?人を捜しているのだが」
「それは…。ですが個人的な情報はあまり…」
店主の態度に怪しまれたと思ったのか、客は慌てて取り繕った。
「いや、俺は怪しい者ではない。旅の剣客、ギィ・イェルギィという。
剣聖フリメルダの足跡を追っているのだが」
「あぁ!ひょっとしてお客さん、剣聖のお嬢さんの追っかけか何かですか?」
「…フ。まぁ似たようなものだ」
「人気ですからねぇ、あの方。ここにも来られたことがありますよ!
…尤も相棒の男性と一緒でしたが」
苦笑しつつ店主は腕組みして天井を仰ぎ、幸せそうにその人の顔を思い出しているようだった。
「あれだけの美しさですからね。一度見たら忘れられませんよ。
お恥ずかしい話、私は彼女に一目惚れしてしまいましてね!」
照れ隠しに頭をポリポリしながら笑う店主に、ギィは半ば挑むような目つきで言った。
「では店主と俺は同じムジの穴、ライバルということになるな」
「ほぉ〜、ではあなたも?」
「…あのように人を心から美しいと感じたのは初めてだ」
感慨深げに遠くを見つめるギィに店主も相槌を打った。
「えぇ、えぇ。私もです。
では私と同じようにお客さんも彼女に男がいることを知って、失恋したクチですな?」
互いに想いを遂げられなかった同士だということを知り、声を上げて笑い合った。
店主は自分用にもグラスを取り出し、なみなみとギィと同じ茶を入れた。
「飲みましょう、お客さん。茶では雰囲気は出ませんがね!」
「構わぬ。…店主、恥さらしついでに俺の話を聞いていってはくれないか?」
「どうぞ。気が済むまで聞きますよ」
ギィは茶をひと口、含むとゆっくりと語り出した。
*
あれはまだ、俺はとあるクランと一緒に活動していたときのことだ。 当時の俺はクランの中でも刀の技術に優れており、その事を鼻に掛けるきらいがあった。 クランの連中とは仲が悪い訳ではなかったが、付き合いが悪かったのは確かだ。 要は、刀の事しか頭になかったのだ。
その日も依頼帰りで疲れたところにグラスの町に戻ってきて、クランの者達は皆、クエスト成功祝いにゆっくり飲んで遊ぼうという雰囲気になっていたのだが、例のごとく俺は宿で皆が帰るまで待つことを選んだ。
「なんだ、またかギィ。たまには一緒に騒ごうぜ」
「気持ちだけいただいておく。早い内に刀を研いでおきたいのでな」
この馴れ馴れしいソルジャーのリーダーの男が当時は鬱陶しかったのだが、今思えば俺とクラン仲間との溝を埋めようと気遣ってくれていたのだろう。
残念なことに、そのころの俺の心はそれに気付く余裕は無かったのだ。
「勿体ねぇなぁ。お前、クランの中でも一番の色男なのに。
絶対、お前と一緒だとナンパの成功率が上がるだろうになぁ」
「すまないが、興味がない。失礼する」
大体、見ず知らずの女と遊ぶ事の楽しさが分からない。 その場限りの相手など、俺にとっては嫌悪の対象でしかなかった。 …俺の場合、夜の街を歩いているだけで男女種族問わず袖を引かれるので、人目の付かぬ所や宿でじっとしている方が性に合っていた。また、無法者と出くわしても対処できるだけの腕を持っているつもりであった。
夜半過ぎ、俺は宿で皆が帰るのを待機していたのだが、なかなか戻ってこないので憤慨していた。 俺は遊びも程々にしておかなければ、明日からのクラン活動に支障が出る、と一言リーダーに注意しようと思い、宿を出た。
外に出てすぐ、俺は町の異変に気付いた。グラスの町はこの時間でも活気に満ちあふれ、大勢の人で賑わっている筈なのに、人の姿が見あたらない。いつもなら眩いネオンもチラつく程度で明らかに様子がおかしかった。
俺は鞘から剣を抜き、辺りに気を配りながら、仲間がよく行く店へと向かった。 俺の中で渦巻いていた一抹の不安は現実となっていた。 店からは火の手が上がり、辺りには店員や一般客が倒れていた。 皆、鋭利な刃物で一突きされたようで、息のある者は少ないようだった。 そしてその中にはよく知る仲間の顔もあった。 俺は駆け寄り仲間のモーグリを抱き起こし、そっと小さな鼻に手を当ててみたが、既に息絶えていた。
彼の名はもちろん覚えている。郷里は確かゴーグで…。
他は何も思い出せなかった。日常不可欠なやり取りがあっただけで、それだけ彼との交流が無かった訳だ。そして取り戻そうにも、もうどうしようもない現実がそこにあった。
何故、もっと彼と話しておかなかったのか。
何故、クランにジャッジを付けておかなかったのか。
何故、仲間の危機を察して自分は居合わせられなかったのか。
何故一一一。
こんな事にでもならなければ、気付けなかったのだろう。 自分の刀さえあれば、クランは安泰だと思い上がっていた。 他のクランが全滅してしまうような話を聞いても、どこか人事だった。 まさか自分のクランが、しかも町中でその危機に晒されるなんて。
他の仲間の安否が気懸かりなので、彼をそっと横たえると重い足取りでその場を後にした。
表通りに回ると、建物がブスブスと燻って煙を上げており、ここを「襲った」と思われる連中の姿が見えた。
手にギル袋や貴金属などを持った者がいることから、強盗団だろう。
足元には見覚えのある横たわった仲間の姿があった。見るからに事切れていることが分かる者も居た。
ここ一番で頼りになる、力自慢だがはにかみ屋のバンガ。
一番年長で聡明な、少し気取った美しいヴィエラ。
いつも翼のツヤを気にしていた、狩りの得意なグリアの少女。
皆、こんなところで死ぬような奴らじゃなかった。まだ助かるやつがいるかも知れない…。
「俺は…奴らの為にまだ出来ることがある筈だ!!」
刀の柄をしっかと握り直して気を引き締め、強盗団の目の前に立ち塞がった。
俺に気付いて強盗団のリーダー格の屈強な男が、目を細めて口の端を上げてニヤリとした。
「まだ仲間がいたのか。そうじゃなきゃ、面白くねぇよなぁ…!!」
「…ギィ!バカな!何…故、出てきたんだ!」
声のする方を見遣ると、仲間のソルジャーの…うちのリーダーの姿だ。
あちこち青痣が出来ていて酷いザマだが、生きててくれさえすればいい…!!
「待たせてすまなかった。スグに助けてやる…!!」
「…うちのクランはもう駄目だ!お前だけでも逃げ…ゴホッ!」
…どうやら時間はあまり無いようだった。
それでも相手は5〜6人。俺一人でも何とか倒せるだけの自身はあった。
後は相手の強さでエンゲージの時間は決まる。迷っている暇は無かった。
「なかなか腕に覚えがあるようだなぁ、お兄さん?」
「あぁ、お前達はすぐ俺の刀の錆になる。仲間の痛み、思い知れ!」
俺は刀を手に構え、連中の元へ駆け出した。
すると、グっと何かが俺の足首を掴んだ。勢い余って地面に両手を付いてしまい、不運にも足を捻ってしまったようだった。
俺は自分の足元を見たが、そこには石も段差も木の根も無かった。まさか何も無いところで躓いたのか?
起き上がろうとすると、今度は上半身が動かない。『見えない何か』が俺の肉にギュウギュウと食い込んだ。
「…魔法か!」
「ドンムブ・ドンアクだ。特にお前のようないきり立った剣士には尤も有効なワザさ」
「卑怯者!そうか、それでクランの連中も何も出来ずに…!!」
「コレも立派な戦術の一つだ。エンゲージで卑怯もクソもねぇよ。さぁて、どうしてやるかなぁ…」
男は無精髭を撫でて下卑た嗤いを浮かべながら、俺をグリグリと踏み付けた。
助けるつもりが、逆に敵の罠にハマるとは…。何とも情けない…!
俺は悔しさと自分の高慢さに唇をギリリと噛んだ。
「よし、そのスカした顔を少しずつ切り刻んでやるか」
「いや、待って下さいお頭!そいつ、それだけ綺麗だときっと高く売れますぜ…!」
「そういえば、モーラベルラの悪趣味な変態男爵がこういうヤツを欲しがっていたな」
「こっそり横流してやったら、奴さんの弱味も握れますぜ!」
ゲラゲラ笑い出す盗賊団共を、俺はただ睨むしかできなかった。
魔法さえ解ければ、こんな奴等に引けは取らぬと言うに…!!
そんな時だった。あのひとが現れたのは一一一。
続き
(08.2.25)