美しき人 2

始めは皆、拍子抜けしていた。
その場に現れた少女はまだあどけなさが残る顔で、いかにも純真無垢な表情をしていた。 そのうち、強盗団の男達は少女の身体を上から下まで眺め回してニヤリとした。 何も知らないウサギが狼の群に飛び込んだようなものだ。 俺は突然こんな修羅場に顔を突っ込んできた少女を恨みつつ、早く回復してこの無関係の少女を逃がさなければ、と無駄だと知りつつも必死にもがいた。

「何をしているんですか?その人を離して下さい」
「いいや、嫌だね。でもって、お嬢さん。アンタもこの男と一緒に売り飛ばされる運命なんだぜ」
「それは困ります。でもって、その人は返して貰います」

少女の淡々とした返答に強盗団は大笑いした。

「お頭。この娘、ちょっとアタマがイッちまってるんじゃないですかい?」
「いいさ。そういうのがいいって奴もいるし、なんせあの顔だからな」

強盗団の頭がクイっと娘の顔を指す。 俺の位置からでは暗がりでよく見えなかったが、彼女はかなりの美少女のようだった。

「おとなしくしていてくれれば怪我はさせないぜ?」
「それはこちらのセリフです。降伏していただけたら、無駄なエンゲージをせずに済みますよ?」
「分かった、分かった。じゃ、ちょっと恐い目に遭ってもらうしかねぇな!」

強盗団がぐるりと少女を取り囲んだ。少女は表情も変えず「仕方ありませんね」と剣の柄に手を掛けた。 ズラリ、と抜き放った剣は少女の身に余る程の剣、二振り。 その出で立ちの違和感に皆がおっと表情を変えたが、すぐに皆、元のニヤニヤ笑いに戻った。 この俺を除いては。

剣を抜いた瞬間、変わった。
上手く言葉に出来ないが、周りを取り巻く空気が彼女の凄まじい剣気に包まれたのだ。 瞬間、勝敗は決したようなものだった。 二刀流で繰り出す彼女の剣技は鋭く、切っ先が描く流線は俺ですら追いきれなかった。 みるみるうちに屈強な男達が面白いように倒されていく。

俺は言葉も無く、ただ、少女の姿を追っていた。今でもくっきりと目に焼き付いて離れない。
無駄の無い身体の動きと足運び。
剣と一体になったかのように技を繰り出すその細い腕。
時折見せる項と緩やかになびく髪。
そして何よりも輝く、敵を見透かすその瞳。

一一一美しい。
そんな陳腐な言葉でしか表現できないのか、と思う程に彼女は神々しく、美しかった。

彼女の手が止まる頃には残る相手は強盗団の頭、ただひとりとなっていた。 頭は次々と地面に転がっていく仲間を呆然と見ていた。 女子供ならば、ままごとの延長のように剣を扱う位に見ていたのだろう。 それが剣の達人だと分かると、俄然、怒りだした。

「クソが!小娘の分際で、俺達を倒しただと!?認めねぇ、認めねぇぞ!」
「あなたに認められようなどと思っていません。仲間を連れて去って頂けませんか?」
「ふざけるな!お前はこの場で俺にぶっ殺されンだよ!!」

男がブツブツと詠唱を始めた。 俺はそれがドンムブ・ドンアクだと気付き少女に伝えようとしたが、彼女はふうわりと笑みを湛えて男を見つめていた。それを見て、俺も口を出さずに眺めていた。

「何故だ?何故魔法が効かない!?」

男は少女が身に付けたひらりと舞うリボンに気が付かなかったらしい。彼女がキッと男をひと睨みすると、俊敏な動きで相手をなぎ倒した。 この小さな身体のどこにこんな力があるのだろうか…。

俺は力無く、剣を鞘に納める少女に魅入っていた。 すると、彼女の視線はすぐに俺に向けられ、慌てて駆け寄ってきた。

「大丈夫ですかっ!?…お怪我は?」
「い、いや…その…」

痛いといえば挫いた足首や踏まれた際に打撲したように思うが、普段近寄る事のない若い女性の顔がこうも間近にあると、痛みも忘れ、言葉も出て来なかった。

それを痛みの為、声が出ないと受け取ったらしく、彼女は俺に怪我が無いか衣服を開いて身体をまさぐり始めた。彼女に非は無いのだが、俺は羞恥に身体中の熱が上がり、どもりながら彼女の手を止めさせた。

「や、止めてくれないか…。そ、その…怪我は大したことはない…」

俺の言葉に少女も恥じらいながら狼狽えた。

「す、すみませんっ。失礼なことを…」

彼女の白い頬にサっと朱が走り、瞼を伏せるとその長い睫が青い瞳に影を落とし、深みのあるグラデーションを作った。出来ることならずっとこのまま見つめていたかったが…。

「俺の事より…仲間の状態を見て貰えないか?酷い怪我を負っている」

少女は少し離れた所に倒れているソルジャーを見遣り、その身体を調べ始めた。 すぐにその表情は曇り、細い首を横に振った。

「出血が多くてもう…。ごめんなさい。もう少し早く、辿りついていれば…」
「いや、貴女は悪くない。むしろ、感謝している…」

ひとりになってしまったか。
日々、鍛錬してきた己の剣は何の役にも立たなかった。
俺に、彼女程の強さがあれば…。
もう一度、俺に守るべきものがあれば…。
彼女が側に居てくれれば…!!

俺は彼女に手を伸ばそうと口を開きかけたが、それより早く別のところから声が掛かった。

「フリメルダ!まだ向こうに強盗どもの残党が残っているぞ!」
「分かったわ、ルク!すぐに行く!」

俺は伸ばしかけた手を引っ込めた。彼女…フリメルダにはフリメルダの仲間がいる。俺の都合で引き留める訳にはいかなかった。

身体中が軋んだが、これ以上フリメルダの前で無様な姿を晒したくなかった俺は、無理を推して立ち上がろうとした。が、どうにも足が言う事を聞いてくれず倒れかけ、結局彼女に支えられるような形になってしまった。

「俺の事はいい。気にせず行ってくれ」
「…わかりました」

すぐに去って行くのかと思いきや、フリメルダはあろうことか泥と血にまみれ汚れた俺をその胸に抱きしめたのだ。

「どうか、どうか自分が一人だと思わないで下さい。 この悲しみの後に幸福がやってくると、信じて下さい。 そして亡くなった仲間の分まで、強く生きて下さい」

小さく祈りの言葉を捧げると、フリメルダはその場を駆け足で去って行った。 その祈りの言葉は死んだ者の為ではなく、残された者を守る為のものだということが分かった。

「フリ…メルダ…」

俺は小さくなる去りゆく背に羨望と憧れを抱き、その名を呟いた。 彼女がユトランドでも名の通った『剣聖フリメルダ』である事を知ったのは、この少し後の事だ。 そして世界中の弱き者を助けてまわっている事を知った。自分もその中のひとりだということを。

俺は自分を見つめ直し、彼女も認めるような強き男となって生きることがせめてもの恩返しだと己を磨く旅に出た。いつか憧れの彼女と剣を交えることを夢みつつ…


「成る程、命の恩人なんですね」
「いろんな意味での恩人だ。彼女が居なければ、自分の弱さにも気付けなかった。恩人、なんて言葉では片付けられない」
「ですが…数えきれない程の弱者を助けて回っているでしょうから…」
「無論、俺の事など忘れていて当然だろう。俺が覚えていさえすれば、それでいい」
「クランの事は…残念でした。大変だったんですね…」
「俺にとって生涯最悪の日でもあり、剣聖と出会えた最良の日でもある。皮肉なものだ」

ギィは一通り語り終えると、少し冷えた茶の残りを口に運んだ。

「それで剣聖さんを探している、と。ですがここのところ、彼女の噂を聞かなくなりましたね」
「彼女が誰かに倒される、なんてあり得ない!」

強い語調で言い切るギィに店主は慌てて「失礼しました」と頭を下げた。

「それにしても…厄介な魔法ですね、その…。ドンムブ、でしたっけ?」
「俺のような近接系ジョブの天敵のようなものだ」
「なんとかならないんですか?」
「何度も同じ技で倒れる訳にはいかんからな。掛かっても、すぐに自力で解除できる方法を考えてある」

ほほぉと納得した店主はふ、と思い出したかのように呟いた。

「そういえば…!」
「何か剣聖の情報を思い出したのか?」
「いえ、少し前に剣の達人だと名乗る人がここを訪れたんです。 たしか、『ソードキング』でしたか。剣聖さんの事を知っているかも…!」
「ふむ。真の達人ならば、自らを達人だと言わぬものだが。…何か知っているかもしれんな」

ギィはゆっくりと立ち上がり、ふところから少し多めのギルを取り出した。 その手から小銭がカウンターにチャラリと零れ落ちた。

「ここに置いておく」
「お客さん、貰いすぎですよ!」
「俺のつまらん話に付き合わせてしまった詫びだ。最近の俺はどうも長話すぎる嫌いがある。 遠慮せず、取っておいてくれ」

ゆったりとした足取りで店を出たギィを、店主は慌てて追いかけた。

「ギィさん!フリメルダさんに会うことができたら、一緒に店に来てください! 私にたっぷり奢らせて下さいよ!」

太陽を背に振り返ったギィの顔は充実感に溢れ、その微笑みはとても美しかった。 店主は暫くの間、その笑顔を忘れられなかったという。


(08.2.27)



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