隣の素敵な女の子2

新居から徒歩10分くらいの所にパンネロが通う学校がある。 自宅を出てすぐに地下に降りることができ、そこから直接学校の裏門に入れる。 交通量の多いアルケイディスだが、 ここに来た初日のように車に轢かれかけることもなかった。

パンネロは始業式の際に隣同士になった女の子とすぐに友達になれた。 彼女はパンネロとは違ったタイプのお嬢様だったが、 それゆえにお互い惹かれ合ったのかもしれない。 パンネロの社交的な性格の為か、彼女の周りには人が集まった。

パンネロは件のお嬢様と一緒に学食でランチを取っていた。 そこでお互いの住まいの話題になったのだが…。

「パンネロはいいわね、自宅から近くて」
「アーシェは毎朝車で送って貰えるからいいじゃない」
「それはそうだけど。ちょっとひとり暮らしって憧れるわ」
「場所に関してはとても助かっているんだけど」

パンネロは手にした紙パックジュースのストローを弄りながら呟いた。 アーシェに両隣の住人が男性でちょっと不安を覚えていることを告げた。

「ふぅん。 自室に鍵を掛けておけば大丈夫じゃない? 心配なら内側からもキーチェーン付けるとか。 取りあえず悪い人達じゃなさそうなんでしょ?」
「そうだよね!気にしすぎかなぁ…」
「どんな人が隣に来るかなんて選べないもの。 気になるなら女性専用のマンションを探すしかないわね」

アーシェの言うことは尤もなのだが、 そうなると家賃が今より随分跳ね上がる。 それも学校近くに無い為、不便をしいられる事になる。

「何もかもいいところなんてないわよ。 どこかで妥協しなきゃ。 なんならウチのウォースラを自宅前に張らせるわよ?」
「あのいつも迎えにくる警備主任の人? い、いいよう。 そこまで大袈裟にしなくても!」

パンネロはその様子を想像してみて慌てて首を横に振った。

「どんな所なのか、遊びに行っても構わない?」
「いいよ!早速今日来てみる?」

そんなこんなでアーシェがパンネロ宅に遊びに来ることになった。 本人達の預かり知れぬところである計画が立てられていることも知らずに。

その日、バッシュは早くから買い物に出ていた。 自分と弟の為だけの買い物なら早く済むのだが、 この日は別の目的があったので時間が掛かっていたのだ。 気が付くともう夕方であった。

スーパーを出たところで夕焼けがバッシュの横顔を照らす。 腕時計に目をやったバッシュは思わず声に出して呟いた。

「もうこんな時間か。帰って洗濯物を取り込まないと。 先に夕食の下拵えをすべきか…」

急ぎ足で家路に帰ろうとすると、後から聞きなれた声が掛かった。

「えらく買い込んだな。今日は鍋物か?」
「…バルフレア。今日はアルバイトは休みかい?」
「いや。早めに帰らせて貰ったんだ」
「この後、誰かとデート…かな?」
「含んだ言い方するなよ。 ま、アンタと似たような理由だと答えておこうか」

ニヒルに笑みを浮かべるバルフレアにバッシュは微笑み返す。

「君もパンネロの歓迎パーティーをする予定だったのか」
「アンタもそのつもりなら、お嬢ちゃんは今夜フリーなんだな」
「いや。そういえば予定聞いてないな」
「…おい。それでもし彼女に用事があればどうするつもりなんだよ!」
「む。 君こそ何も告げていなかったのだろう?」
「馬鹿か。 こういうのはサプライズだから面白いんだろうが」

人には文句言っておいて。と思いつつ、どうせ言い返えされるので黙っておいた。 口ではバルフレアに勝てない事はバッシュもよく分かっている。 バルフレアは買い物袋を覗き込みながら顔を顰めた。

「しかし鍋物か。若い女の子向きなモン用意出来なかったのか?」
「一人暮らしだとこういう心暖まるものがいいのではないか?」
「パスタやデザートとかが受けるって」
「そういったハイカラなものは君にお任せするよ」

…ハイカラ。
もうそれ死語だよ、オッサン。 一瞬固まったバルフレアだが気を取り直してバッシュと共に並んで歩く。

「…取りあえず、お嬢ちゃんが真直ぐ家に戻ってくる事を願おう」
「そうだな。早く帰って部屋を片付けなければ」
「はぁ? アンタらオッサン2人暮らしの手狭な部屋に若い娘を入れるつもりか?」

ある種、犯罪だぜ、というバルフレアに苦い顔でどうするつもりか、と聞くと

「下の階のフランの部屋でもう用意してある。そこならお嬢ちゃんも入りやすいだろ?」
「そうか。君は手回しがいいな、バルフレア。有難う」
「…おい、アレ見ろよ」

急に声を顰めたバルフレアに何事かと指す方を見ると、 若い男がパンネロの部屋の前を行ったり来たりとウロウロしているのが目に入った。

「どうも宜しくないね」
「友達じゃないのか?」
「にしては行動が可笑しいじゃないか。 友達なら事前に連絡を取り合うなりするだろ?」

確かに来てはみたが留守で困っている、という印象だった。 最初から合うつもりなら、帰宅時間を確認してから待ち合わせるなりするのではないか? ならば連絡もせずに彼はいきなり会いに行ったのだろう。

「お嬢ちゃんのストーカーとかじゃないだろうな」
「それはいただけないな。 …確認した方がよかろう」

2人は務めて平静を装い男に近付いた。 バッシュがバルフレアを制し、ひとりで後ろから近付き、 側まで来た瞬間、男を羽交い締めにした。 それまで気配に気付かなかった男は驚き、必死でもがいた。 そのうちバッシュの力には勝てないと悟ったのか、男は大人しくなった。 それを見計らってバルフレアがドスを効かせた声で尋ねた。

「お前は誰だ? 何の用だ」
「お前達こそ、何だよ!?」

その声に2人がおや? という顔になる。
声の感じだとパンネロと変わらないくらいの歳の少年の声だ。

「まだ子供だよ、バルフレア。 取りあえず、害は無いだろう」
「分かってねぇな、 最近の子供は何考えてるかわからねぇんだぜ! おい、お嬢ちゃんの部屋の前で何してた? 場合によっては…」

「あら? ヴァンじゃない!」

聞き覚えのある声に3人が振り返るとそこにはパンネロとその友人らしき人の姿。

「パンネロ、こいつらいきなりヒドイんだぜ! やっぱさ、都会は危ないって! ダルマスカに帰ってこいよ!」
「ちょっと落ち着いてヴァン! 何があったのか話してよ!」

その様子にバッシュとバルフレアはお互い怪訝な顔を見合わせた。


「それは何も知らせず突然来たヴァンが悪いわよ」
「え〜!」

取りあえず3人はパンネロの部屋に入り、事情を話した。 パンネロのセリフに友人として遊びに来たアーシェもうんうん頷いた。

「まぁ、好きな女の子が遠くへ行ってしまって寂しいのは分からなくはないけど」
「な、 なに言ってんだお前! そんなんじゃねぇよ、俺は幼馴染みとして心配で…」
「お前はやめて!」

険悪になりかけた雰囲気を察してバッシュが間に入る。

「まぁまぁ、折角会いに来てくれたんだし、ここは穏便に済まそうじゃないか」
「だよな〜。 俺、バッシュとは気が合いそう!」

早速、人のいいバッシュにヴァンは懐いてしまったようである。 隣でバルフレアが調子のいいヤツ、と舌打ちしていた。 バッシュはヴァンの頭をくしゃくしゃと撫でると、パンネロに向き直った。

「…それより、パンネロ。 下の階のフランの部屋で君の歓迎会をしようとしてるんだが…。 来ていただけるだろうか? よかったらお友達もいっしょに」
「本当ですか? バッシュさん、有難うございます。とっても嬉しいです! …アーシェも一緒にどう?」
「ええ。是非参加させていただきたいわ」

決まりね、と微笑んだパンネロは席を立ち上がろうとした。

「パンネロ、ちょっといいかな?」
「はい? 何でしょう、バッシュさん」
「昨日、弟のノアから君のお土産を受け取った。 美味しく頂いたよ。有難う」

………え〜っと、と暫く2人の間で妙な空気が流れた。

「…え!? 昨日渡したの、弟さん? 私バッシュさんだと思って…!」
「あぁ、間違えられたらしいって言っていたよ。 私達は双子なんだ」
「だってそっくりだったから…。 あぁ〜、後で謝らないと…」
「よくあることだから大丈夫。 私の方が髪が長くて顔に傷があるんだ」
「なんだか色々あって気が動転してたんです。 次は気を付けますね」

しょぼんと肩を落としたパンネロにバルフレアが近付き、そっと耳打ちした。

「天然でやたらお節介なのが兄で、陰険でぶっきらぼうなのが弟だ」
「…わ、分かりました」

他意は無いのだろうが、バルフレアの整った顔が側にあるだけで緊張してしまう。 身体を少し強張らせたパンネロにバルフレアはニヤリと口の端を上げた。

「バルフレア。 ノアは不器用なだけで、優しくてよく出来た男だよ」
「ちゃっかり聞いてやがったか。 もうアンタのソレは聞き飽きたぜ」

絶対ブラコンだよな、と肩を竦ませてみせたバルフレアに、 パンネロはクスクスと微笑んだ。 この2人にとって、これはいつもの言葉遊びのようなやり取りなのだろう。 気を取り直してパンネロは皆と共に自室を後にした。


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