木漏れ日の下で

優しい日が差し込む、それはとてもよく晴れた穏やかな日だった。
モーラベルラ地方は涼しく、特に冬となるとほぼ毎日のように雪が降り続くが、ここ一週間程は晴れの日が続き、道の端に残っていた雪も少しずつ溶け出していた。モーラベルラの町の外れにあるデルガンチュア遺跡へと伸びる道は、観光目的でもない限り冬の間は足を運ぶ旅人の姿は殆ど見かけることがない。

ちょうど、遺跡から数分程度歩いたところに海が一望できる高台があり、そこには樹齢…何年か知れようのないくらい大きな木がそびえ立っていた。その根元の影にひっそりと一人の男が腰を掛けていた。

その男、ギィは木の枝の周りを飛び交う小鳥がさえずる様をただ、何ともなく眺めていた。おそらく、雪も降らなくなり、この間に別の地方へ移ろうと旅の準備でもしているのかもしれない。慌ただしく動き回る小鳥達が愛らしく、ギィはつい笑みを洩らした。

ふいに小鳥達が一斉に飛び立ったので何事かと思うと、目の前の草むらがガサガサと音を立てたので、何者かがこちらへ近付いてくるのが分かった。草むらから顔を出したのは一匹のウルフだ。ギィの居る場所の正面に現れたものだから、自然と両者の目が合ってしまった。

ギィもウルフも、ただ見つめ合ったまま動かない。相手の出方を伺っているのだろうか。そのうち、ギィが相好を崩し、ウルフに語り掛けた。

「…俺が欲しいか?いずれにせよ、俺は間もなく天に召される身だ。その後は…おまえの糧にすればよい」

そう言い終わると、ギィはゆっくりと目を閉じた。目の前に猛獣がいるというのに、その顔は穏やかに微笑んでおり、木漏れ日がゆらゆらと横顔を照らしていた。

ギィが動こうとしないのを見たウルフは、じわりじわりとそちらへ足を進めた。側まで行くと、ウルフはフンフンと彼の匂いを嗅ぎ、大きい舌でぺろりと頬を舐めた。それでもギィが身動きしないと確認したウルフは、一歩下がると身体を硬直させた。みるみる内に、ウルフの身体から紫煙が吹き出して、その身を包んだ。

暫くすると煙は霧散し、その場にはウルフの姿は無く、後には妖艶な赤魔道士の姿があった。知る人ぞ知る、湿地の魔女その人であった。

「おまえは私の上客だからな。獣のエサにするには惜しい」

魔女はその長い爪の付いた指でギィの頬をつつ、となぞると目を細めて微笑んだ。

「相変わらず…いい顔をしておるな」

ぶつぶつと何事か呟いた後、魔女とギィは白い光りに包まれ、その場から姿を消した。

その後、湿地の魔女がギィの身体をどうしたのかは誰も知らない。
誰も居なくなった木の根元には暖かい風が吹き込み、草花をそよめかせた。そのうち、姿を消していた小鳥達が大木に返ってくると、いつもの風景がその場に戻った。

それはとてもよく晴れた穏やかな日だった。
―――季節はもう、春。


(08.1.9)



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