怖いお姉さんは好きですか

イルーアは機嫌が悪かった。
いや、機嫌が悪いことなどしょっちゅうだったが、今日は得に機嫌が悪いようだ。ユエンはこういうときに上からの指令を報告するのに気が引けた。

「今日、どうしてもその指令を受けなければならないの?」
「イルーア様。申し上げにくいのですが、これは命令ですから」

分かってるわよ、とイルーアはユエンから渡された指令書を乱暴に突き返し、部屋を出ていった。イルーアが怒るのも仕方がない。指令の内容はこうだ。

『フロージス地方に現れるモーグリ五人組を一定期間活動できぬようにすべし』

このところ、件のモーグリがフロージス辺りに住む女性や子供の人気を集め、世間もそちらに注目している。 カミュジャではこの時期、表の顔であるカームカンパニーが大々的に募金・保護活動の演説等を各地で行う為、目立った行動をとる者は裏の者達で操作し、人々の注目をよりカームカンパニーに向けさせようとしていた。

「それにしても…」

ユエンはぐしゃぐしゃになった指令書を見て、眉を潜める。これぐらいの任務ならば、ユエンの部下あたりの人間にさせてもいい位の内容だ。この任務を上から与えられたときユエンは異を唱えたが、聞き入れられなかった。モーグリのファンは若い女性が多い為、イルーアなら潜入し易かろうというのが上の意見だ。

「くだらん。そんなことならば、ヴィエラかグリア辺りを使えばいいものを。わざわざイルーア様の手を煩わせるなどと…」

今更、何を言っても仕方がない。自分がイルーアが動く前に片付ければ済むことだ、とユエンは己に言い聞かせ、イルーアの後を追った。

表に出たところでラニスタのシークの男にはち合わせた。その姿を見て、ユエンは顔を顰める。以前からこの男の人を見下した態度がいけ好かなかった。

「これはこれは、ユエンさん。…今日もイルーア様のお伴ですかい?」
「そこをどけ。俺は急いでいる」
「イルーア様のお顔を拝見しましたが…さすがに御機嫌ななめでしたねぇ」
「不本意な任務に出掛けられたのだ。あの方の事を悪く言うな!」
「いやいや、そこじゃないでしょ。今日は『ダンナ』が遠征から戻る日なのに、フロージスくんだりまで出掛けなきゃならないのが不服なんでしょ?」

その言葉にユエンはますます腸が煮え繰り返った。男の言う『ダンナ』とは…聞かずとも分かる、シドのことだ。男の下卑た比喩も、それが理解できてしまう自分にも腹が立った。怒りが相手に伝わると向こうの思うツボなので、ユエンは務めて冷静を装って、その場を後にした。

先をゆくイルーアはユエンには何も関心が無いのだろう、こちらを振り返ろうともしない。たとえ自分がヘルハウンドに襲われていたとしても、彼女は振り返らずに、自分の任務を遂行しに行ってしまうのだろう。

(何を馬鹿なことを)

最初から何も期待してはいけない。自分はイルーアの駒の一つでしかないのだ。ユエンは少しでも過った自分の甘い考えを打ち消し、急ぎイルーアの後を追った。

ファンからはモグレンジャーと呼ばれ親しまれているモーグリ五人組は、のんびりアジトで寛いでいた。 モグ5号が顔と同じくらいの大きさの双眼鏡を覗き込み、クポクポ、と仲間に合図をよこした。

「みんな、もうすぐここにヒュムの化粧の濃いお姉さんと妖しい黒ずくめの男がやってくるクポ」
「きっとお金持ちの奥さんと護衛の人クポ。いいもの貢いでくれるに決まってるクポ」
「じゃあやってきたら、モグ達の格好イイところ見せてやろうクポ」

モーグリ達はそれぞれ身…じゃない、毛繕いをし始めた。

サンダルサ断崖、海鳥の丘にやってきたイルーアとユエンは、モーグリの姿が見えぬと辺りを見回した。

「この辺りに潜んでいる筈なのですが…」
「あなたがいかにも妖しい姿で現れたものだから、身を隠してしまったのではなくて?」
「それは…!お待ち下さい、イルーア様。すぐに探して参ります!」

イルーアの皮肉に焦りを感じたユエンがその場を離れようとしたその時。

ガサガサガサ…。
二人のすぐ真上から葉が舞い降りるのを感じて顔を上げると、木の上から五つの影が飛び出した。ユエンはいち早くそれに気付くと、イルーアを庇うように身構えた。その五つの影…もとい、モーグリはそれぞれ定位置に着くと、ビシィっとお決まりのポーズを決めた。

「モグ1号」
「モグ2号」
「モグ3号」
「モグ4号」
「モグ5号」
『モグレンジャー参上!!』

(き、決まったクポ!)
(今日は転ばずに成功クポ!)
(…アレ?)

モーグリ達のそれぞれの心情はさておいて、いつもと客の反応が違うことに不思議がった。本来ならば、ここで女の子の「キャ〜!カワイイッ!!」の褒め言葉と拍手が入る筈なのだ。

チラリと『お客さん』の方を見ると、お姉さんは怖い顔で睨んでいる。側の男は顔を引きつらせて固まっていた。お姉さんが静かに言った。

「一度だけ言うわ。暫くこの辺りから姿を消して、大人しくしていて頂戴。理解を得られないようなら…消させていただくわ」

表情も変えず用件を告げたイルーアの言葉に、モーグリ達は互いに顔を見合わせた。

「…お客さんじゃないクポ?」
「モグ達を可愛がるのが目的じゃなさそうクポ」
「と、いうことは…」

モーグリ達の意見は一致したらしく、大きく頷き合った。

「お姉さん、モグレンジャーに入りたいクポ? でも残念でした!お姉さんは可愛くないから入れてあげないクポ〜」

それを聞いて真っ青になったユエンの横で、イルーアがなにやらブツブツ呪文を唱えだした。

「イ、イルーア様。ここはひとつ、穏便に…」
「………ディメンジョン!!」
『グボォ〜!!』

イルーアは広範囲魔法でモグレンジャーはもちろん、 止めに入ろうとしたユエンやモグレンジャーのアジトまで破壊してしまった。

イルーアはというと、何事も無かったかのように元来た道を戻り始めた。ユエンはボロボロの姿でそれを見送った。

「…うぅ。帰りたくないッ」

帰ってもイルーアに八つ当たりされる確率大なのだろう。それよりも被害を受けたのはモーグリ達だった。 チョコボ士であるモグ4号の白チョコボが、必死にチョコケアルをしている。

「クポ…。台風みたいなお姉さんだったクポ」
「また来たらヤだから、暫くどこかで大人しくしていようクポ」

そんなこんなで一応は任務成功したのであった。

シドはグラスの町にあるカミュジャ本部の自室で、ゆったりと寛いでいた。ここ数週間、グラスを離れてあちこち出歩いて回っていたので、疲れが溜まっていた。本来ならば酒でも煽りたいところだが、この時期明日からも忙しかろうと、身体の為にハーブティーを飲んでソファーにその大きな身体を横たえていた。

「これで隣にイルーアが座っていてくれればなぁ」

シドはチラリと二人掛けのソファの空いた部分を見つめる。イルーアはつい先日、自分と入れ替わりに任務に出掛けてしまったとのこと。お互い忙しい幹部の身であることから、逢瀬はなかなか適わなかった。まぁ、仕方あるまい、と気を取り直して茶を飲もうとすると、突然ノックも無しに扉が開かれた。

「シド、居るわね?」
「…とンだ御挨拶だな、イルーア。久々に会ったンだぜ?タダイマ、くらい言えよ」

一目でその機嫌の悪さを察知したシドは、ズカズカと部屋に入ってきたイルーアにソファの隣を示す。

「取りあえず、座ってゆっくりしろよ。疲れたろ?」
「そんなことどうでもいいの」

イルーアはそう言いながらソファに居たシドに馬乗りになって、その顔を正面から睨みつけた。

「正直に言って。私って可愛くないかしら?」
「…は?なンだ、薮から棒に。おまえはイイ女だぜ?」
「そんな事聞いてないの。可愛いか、どうかよ!」
「………可愛いぜ、イルーア」

そう言って髪を梳いてやれば、イルーアは、そう?と言いながら満足げに微笑んだ。

「誰に何を言われたか知らねぇが、俺がイイと思っていればそれで充分だろ?」
「それはどうかしらね」

言葉とは裏腹に、イルーアの機嫌は直ったらしい。シドの逞しい胸板に顔を埋めて大人しく目を閉じている。

(こうでもしねぇと後で部下どもがとばっちり食うからな…)

シドは胸の奥で苦笑した。強靱な武器と美しい女は同様に扱いが難しい。

「イルーアよ。帰ったばかりで何も食ってないンだろ?腹が減るとイライラするもンだ。 何か旨いモン食いに行かねぇか?奢るぜ」

うふふ、とシドの均整のとれた首に白い腕を回しながら、イルーアが囁いた。

「それよりも、あなたを食べたいわ」

掠めるようなキスを落としたイルーアは、そのままシドの首に抱きついた。
シドは労るようにその背を撫でながら、ふと思った。

(それにしても…どこのどいつだ、イルーアに可愛くないなどと言った奴は。無謀すぎるぞ!)

自分の恋人を侮辱された怒りよりも、おそらくその後ボロボロにされたであろう相手の災難を思って、シドは天井を仰いだ。


(08.1.7)



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