『バンガモンク寺院では「拳技一日体験入学」を受け付けます。』
寒空の中、一人のモンク僧が白い息を吐きながら寺院の看板の横に貼紙を貼った。彼は毎朝この作業をしているのだが、日に日にその貼紙をみて溜息を吐くことが多くなった。
とある日の朝、寺院内のモンク僧が集められ、彼等の中心人物でここを取りまとめているマスターモンクと向かい合って座禅をしていた。張り詰めた空気の中、おそらく重要な話しをするのであろうと集まったモンク僧はマスターが話しを切り出すのを固唾を飲んで見守っていた。マスターはおもむろに目の前の僧達をゆっくりと見回した後、その口火を切った。
「皆に集まってもらったのは、他でもない『体験入学』の件だ」
周りの僧達がざわめいた。おそらく皆、その話題が出るであろうと踏んでいたのだ。
「皆、静粛に。この件はモンク僧の文化を広める為に始めた行事であるが、最近ではトリックスターや砲撃士など近代的なジョブが増えて、世の若者達は拳技に興味を持たなくなっているようだ」
「なんとも…嘆かわしいことです、マスター。今月も入学希望者無しでございました」
「うむ。新しいものが悪いと言っている訳ではないが、古きものの良さを同胞達に分かって欲しいものだ」
「おっしゃるとおりです。して、何か良い方法でも?」
うむ、とマスターモンクは考え深げに腕を組んでいたが、やがて気を取り直し、皆に声を張り上げた。
「皆もデュアルホーンの名前は聞いたことがあるだろう。今回、彼等に協力を仰ごうかと考えている」
「なんと!デュアルホーンとおっしゃったか!?」
その名に僧達もざわめきたつ。
他の地から来てここ最近、勢力を伸ばしているクランの名はこの寺院にも届いていた。
「デュアルホーンは無理矢理自分のクランに他の者を引き入れているとかいう噂。マスター、私は彼等を信用できません!」
マスターモンクは側に控える片腕の言葉に頷くも、こう切り返した。
「たしかに。だが噂は噂。実際、彼等に危ないところを救われたというキャラバン隊の話も聞いた事がある。ただ悪戯に人々を傷付けているような者達ではなさそうだ」
「もう既に相手と話しはついているのですか?」
「もうじきここへ幹部の方が来られる。信用できるか否かは、それぞれ己の目で確かめて欲しい」
「…承知致しました。どのような方かは聞いているのですか?」
「確か、我等と同じくバンガの方と聞いている」
「なる程。どのような実力の方か計り知れませんが、実際に体験入学を受けて頂くことも可能ですね」
広い室内が静まり返る中、奥の方からひとりのモンク僧が慌てた様子で駆け込んできた。
「マスター、た、大変です!!」
「どうしました?騒々しい」
「デュアルホーンの幹部だという輩が表に来ております!」
「その方は私が御招待したのだ。道場破り等、物騒な者では無いので安心してお通ししなさい」
「…い、いいのでしょうか?」
「どうしたのです?私が直接、お出迎えしよう」
狼狽えるモンク僧を見て不思議に思ったマスターモンクは客人を出迎える為、門まで足を運んだ。マスターは笑顔で門を潜ったのだが、その場に居た客人に一瞬、顔を引きつらせた。
「あ、あなたがデュアルホーンのセレブ殿ですか…?」
「そうよ。アタシが夜舞のセレブ。ヨ・ロ・シ・ク・ね!うふん」
セレブと名乗ったバンガはマスターモンクに向かってバッチン!とウインクをかました。それにマスターはビクリと肩を震わせた。
セレブの衣装からしていわゆるトリックスターのジョブであることは推測できた。ただ、その容姿に少し…いや、かなり問題があるように見受けられた。しゃなり、とくびれさせた腰とジャラジャラと長い耳に大量のピアスをしている事はまだいいとして、その顔には色付きの派手なサングラスにケバい化粧を施していた。セレブはいわゆる『オカマ』に該当する人物だったのである。
常日頃から禁欲生活を送っているモンク僧達には、当然そういったタイプの人種には免疫が無く、まさか自分達の寺院にやってくるとは夢にも思わなかった筈だ。
何事かと後からやってきたマスターモンクの片腕も、セレブを見て顔を青ざめさせた。
「マスター、あの者は…!!いかが致しましょう?」
「平常心、平常心だ!どのような外見の者でも平等に対応せねばなりません」
なにやらごそごそと言い合った後、マスターモンクは何も無かったかのようにニッコリと微笑んで握手を求めた。
「ようこそ、当寺院へ。我々はあなたの来訪を歓迎致します」
「ありがと。皆、いい身体しててアタシ好みだわぁ」
モンク僧達はセレブの舐めるような視線から逃れるように、寺院の奥へと身を隠した。
取りあえず、中を案内しようとマスターはセレブを寺院内にある道場へと連れていった。道場には前もって数人のモンク僧が待機していたのだが、セレブの姿を見て皆、目を白黒させていた。
「色々説明せねばならぬ事はありますが…。まずは我々の実力を見ていただきたい」
「事情は分かってるわよぉ。良さそうだったらウチの若いコ達にもここを薦めてあげる」
「それは有り難い。では早速…」
「あ、できればアタシ自身が組み手に参加してみたいワ。その方が手っ取り早いでしょ?」
「それはあなたに失礼にならなければぜひ。…では、そこのキミ!」
マスターモンクに指名されたモンク僧の青年は、自分ですか、と驚き、マスターにそっと耳打ちした。
「マスター、あの方のお相手はできれば遠慮させていただきたいのですが…」
「何を言う。セレブ殿が直々に手合わせして下さるとおっしゃってるのに」
「ですが、マスター。自分はどうもおムコに行けない身体にされそうで怖いのであります!」
「むむ!そ、それを言われると…」
「マスターが御招待したのですから、ここはまずマスターがお相手なさっては?」
マスターは僧の言葉にチラリとセレブを盗み見た。彼は意味ありげに微笑んでいる。
ここは仕方がないとマスターは心に決め、セレブに向き直った。
「セレブ殿。僭越ながら、ここは私がお相手致します!」
「いいわ。お手柔らかにね」
お互い戦い前の一礼をし、始めの合図と共に身構える。暫く出方を見ているのか、どちらも微動だにしない。
どこからか、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。マスターは向き合いつつ、セレブの様子を探っていた。
(どういう事だろうか。何という構えでも無いのに、まるでスキがない。こちらから仕掛けてみるか)
マスターは素早い動きでセレブの真横に飛び、振り向きざまに裏回し拳を放った。目にも止まらぬ早さだったにも関わらず、セレブは寸でのところでさっと攻撃をかわした。マスターはその間を縫って続けざまに連続拳を繰り出すがこれもセレブには当たらず、その拳はセレブが目の前で構えた両手にバシィという音と共に納まった。拳をセレブに捕られた形になったマスターは身動きがとれず、その場に何も出来ずに佇んでいた。セレブと目が合うと、彼は口の端をを持ち上げてニィ、と笑った。
一瞬の事だったので、モンク僧達は誰もが開いた口が塞がらないという状態だった。
(強い…!)
一連のやり取りでセレブの実力は計り知れた。マスターは額に冷や汗をかいている自分に気付く。流石に有力クランの幹部といったところか。マスターは少なからずセレブの見かけや仕種で実力を過小評価していた自分を悔いた。
「失礼。こちらにデュアルホーンのセレブが伺っていると聞いてきたのだが」
「あら、マクイスじゃない」
それまで呆然としていたマスターは、道場に入ってきた忍者の風貌のヒュムの言葉に我に返った。
マクイスと呼ばれた男は確かデュアルホーン四天王のリーダーだった筈だ。
「ここのモンクさん達は皆いい男で粒揃いなのよ〜。で、何か用?」
「セレブ。できれば少し話しがしたいのだが」
神妙な顔をするマクイスに、それまで好色そうな表情だったセレブは素の顔に戻り、マスターモンクに断りを入れて、2人になれるように離れた場所に移った。
「それで?どうしたの?」
「あぁ。デュークがマズい事をしてくれたお陰でいろいろ厄介な事になっていてな…」
「デューク…。あのコも仕方のないコね」
「結果、これ以上何かあると上にも報告せなばなるまい。そうなる前に…デュークを処分する。少なくとも志を共にした四天王だ。お前には知っていて貰いたかった」
言うことだけ言って、マクイスはその場を去ろうとした。
「待ちなさい、マクイス」
「…?何だ」
「処分をするのに自分一人で行くつもり?」
「お前の手を煩わる真似はせん。今回は報告に立ち寄っただけだ」
「手を汚すのは自分だけで充分ってコト?カッコつけちゃって…」
セレブは深く溜息を吐いた後、ぐっとマクイスの肩を掴んだ。
「いいこと?アタシの手だってもう既に汚れてんの。アタシ達の理想の世界の為に出来ることはやるって誓い合ったじゃない。それなのにこういう時だけ除け者なワケ?」
「…すまない、セレブ」
「今更、変に遠慮なんてしないで頂戴。アタシに命令できるのは後にも先にもマクイス、アンタだけよ」
「分かった。共にデュークを倒す為に力を貸してくれ!」
「オッケ。待ってて、ココの偉い人に断ってくるから」
*
セレブの急な旅立ちにモンク僧達は並んで見送ることにした。中には少しホっとしている者もいるかも知れない。セレブの実力を垣間見たマスターモンクだけが、惜しそうに別れを述べた。
「セレブ殿。折角御会い出来たのに残念です」
「ゴメンね。またココに来ることができたら、協力は惜しまないから。…また来れたらいいんだケド」
「是非、お越し下さい。いつでも我々は歓迎致します」
マスターはセレブの言葉の端々に、どこか死への覚悟があるように思えて、励ますように手を握り返した。
セレブはマクイスと共に寺院から少し離れたところで振り返って手を振った。
「アンタ達、悪くないわよぉ〜!またネ!」
言葉と共に投げキッスを飛ばすセレブに、僧達は少し腰が引けながらも手を振り返した。2人が見えなくなると、マスターモンクは考え深げに呟いた。
「我々もまだまだだな。若者達ばかりでなく、自らも鍛えていかねば」
「ところで、マスター。セレブ殿がその…『オカマ』だった事には驚きましたね」
「何を言う。見た目だけで人を判断してはならぬ、といつも言ってるでしょう?セレブ殿がいい見本だ」
「しかし、今後もしまた『オカマ』がやってきたとして、セレブ殿のように心身共に優れた人とは限りませんよ」
確かに。僧達はまだ免疫が手来ていなかった人種に対して怯えがあるようだ。マスターも始めはセレブに対して抵抗があったため、強くは言えなかった。
「む。仕方ないですね…。ちょっと表の貼紙を持ってきなさい」
*
今朝もいつものモンク僧が看板の横に貼紙を貼った。が、その内容には昨日より手が加えられてあった。
『バンガモンク寺院ではマスターとの簡単な面接後、「拳技一日体験入学」を行います。』
(08.1.2)