差出名の無い手紙

ガリークランはリーダーのシドが特定の組織に目を付けられていることもあり、意図的にクランの本拠地を決めてはいなかった。 だが、その独特の和やかな雰囲気がクランメンバーに気に入られ、タルゴの森に滞在する事が多かった。 なにより、このあたりはガリークランがルッソと初めて出会った場所でもあり、馴染み深いところでもあった。

いつものようにエンゲージから帰ってきたガリークランに、顔見知りのパブのウェイトレスが声を掛ける。

「おかえりさない、ガリークラン!いつものでいいかしら?」
「おぉ、頼むぜ!」

いつものとは、ご存知名物のきのこ料理だ。 それぞれが席に着いて、談笑し合う。いつもと変わらぬ、いつもの光景。 リーダーのシドが席に向かう前に、その姿に気付いたパブのマスターが声を掛けた。

「お〜い、シドの旦那。これ何だと思う?」
「…ン?何だ?」

ニヤニヤと笑うマスターの手には一通の手紙。
シドはマスターの居るカウンターに腰を下ろし、首を傾げてそれを手に取ってみるが、封筒には差出人の名前は無い。

「名前は聞かなかったがな、ものっすごい美女がお前さんが帰ってきたら渡してくれとよ」
「へぇ、俺宛にか?」
「最近、ガリークランの名もユトランドに浸透してきてるからな。 お前さんを見初めるたぁ、物好きな女が出てきたようだな!」
「馬鹿にするなよ!こう見えても結構モテるンだからな!」

マスターとシドは睨み合っていたかと思うと同時に、大声で笑い出した。 ひとしきり笑い終えると、シドはその大きな手で手紙の封を切った。 手紙を読んでいるシドの背にルッソの声が掛かる。

「シド!料理がもう来てるよ〜。後にしたら?」
「シドは浮かれてるんだから、そっとしておきなさいよ。先に食べてましょ」

ルッソの呼びかけに答えるのはアデル。当のシドは手紙に集中しているようで、応答はない。 その隣ではハーディがフリメルダの膝の上で毛繕いをして貰っていて、何とも幸せそうな顔をしている。

「じゃあ、シド。先に食べてるよ?」

呼びかけるルッソの声が届いていないのか、シドは無言で立ち上がってパブを出ていこうとした。 驚いたルッソは声のトーンを上げて、さらに呼びかけた。

「シド、どこか行くの!?」
「うるせぇ。…おまえらはさっさとメシ食って寝てろ」
「…………」

シドはこちらをチラ、と見遣っただけで、一言放つとさっさと店を出ていった。あまりの事に暫くポカンと口を開けたままになっていたルッソだったが、すぐに立ち上がって非難の声を上げた。

「な、なんだよ、今の言い方!俺、何か悪いこと言った!?」
「やれやれ、仕方の無いおじさんねぇ…」

呆れ顔でさっさと料理を食べ始めたアデルの隣では、フリメルダが毛繕いの手を止めて、少し驚いた顔で目をぱちくりしていた。その膝の上ではハーディがフリメルダにしがみつき、今にも泣きそうな顔をしていた。

「シドの顔、すごく恐かったクポ…。ああいうときのシドの顔を見た後は、ロクな事が無いクポ」
「何だったんだろ、あの手紙。…デートのお誘いかな?」
「だったら怒ったりしないでしょ?フラれたか、もしくはガリークランへのクレームの手紙とかじゃない?」

話している内に、ルッソとハーディはどんどん心配になってきた。ルッソはいそいそと出掛ける用意を始めた。

「俺、とりあえず様子を見てくるよ!」
「いえ、もう外も暗いですし、皆さんは先にご飯を食べて休んでいて下さい」
「でもフリメルダ、俺…」
「大丈夫ですよ、ルッソ。 シドが帰ってくる時には、ニッコニコのいつもの笑顔で皆さんの元に帰すと約束します」

優しく微笑んでフリメルダはルッソの目の前に自分の小指を突き出す。 暫く戸惑っていたルッソだったが、フリメルダの瞳をじっと見つめると自分も小指をフリメルダのそれに絡めた。

「じゃあ…。お願いするよ、フリメルダ」

苦笑するルッソにニコリと微笑むと、フリメルダは己の分身である剣二振りを腰に携えて、店を出て行こうとした。 するとその彼女の裾をグイ、と引っ張る者がいる。思わずフリメルダが振り向くと、アデルの鋭い視線と目が合った。

「フリメルダ。イルーアには気を付けて」
「………分かりました」

シドはタルゴの森の町外れを、宛てもなくとぼとぼと歩いていた。 遠目で町の灯りを見遣りながら、懐にしまった手紙の事を思う。

(何故、今になって…?)

俯きながら歩くその足をつ、と止めた。その背に身に覚えのある冷たく刺すような殺気を感じる。 背中合わせに気配も無く、息を潜めて相手は立っていた。その名を答うまでもない。

「暗い夜道を一人で歩いていると危ないって、ママに言われなかったの?シド」
「裏切り者を気遣うような内容の手紙を相手に送って、組織に疑われるンじゃねぇのか?イルーア」

お互い背中合わせのまま動かない。様子を探っているというべきか。

「その手紙には差出人の名は無かったでしょ?」
「あの組織に俺宛に手紙を出すような奴が他にいるか? ホレイムなら俺に用があるとしても、こんな足が付くようなマネはしねぇ。 ユエンにしたってお前の命令でもなければ俺の身を案じるような事、書かねぇだろ。 ………ワザと口調を変えてみたらしいが、スグにお前だと分かったさ」
「それを分かって一人で出てきたの?きちんと警告内容を読んでいなかったみたいね」

イルーアは言い終えると振り向きざま刀を抜き放ち、シドへと勢いよく振り降ろした。 だが、それより一歩早くシドが小手でそれを受け止める。 辺りには派手な金属音がギィン…と響き渡った。

キリキリと拮抗状態でお互い向き合うような形になった2人だが、力だけならシドの方が勝る筈であった。 それ以上力を入れてこないシドをギリ、と睨むのはイルーア。 彼女の瞳には少し悲しげにイルーアの顔を見つめるシドが映っている。

「抵抗して来ないの?シド。それとも諦めたの?それとも…私にはあなたを消せないと思ってる?」
「お前こそ、ふいを付いて最初に魔法を使っていれば、俺なンて簡単にやれただろうに」
「そうでもしなければ、私があなたに勝てないと?甘く見られたモノね!」

イルーアはそう言いざま刀でシドの小手を押しのけ、返す刀でシドの脇腹を振り払った。 シドは普段から身に付いている反射神経ですぐに避けたが、少し掠ったようだ。 腹を抑えた手からは血が滲んでいた。

「イルーア…!」
「いっそ、私の手紙など無視すればよかったのよ、シド!…やって来たからには帰さないわ!!」

ぐわっと刀に魔力を込めてイルーアが襲いかかってくる。 手を抜く気はないようだ、と見たシドは避けようともせず迫り来るイルーアの姿を見ていた。

ガキィィン…!!

辺りの空気が凍結したかのように金属音が広がった。その後は静寂。
イルーアの魔力が拡散された刀は、シドの身体に突き刺さる…筈だったのだが、その剣先は迎えうつ二振りの剣によって遮られていた。

イルーアと、そしてフリメルダ。
2人の視線は互いの剣より鋭い眼差しで交錯していた。

「すまねぇ、フリメルダ」
「…怪我は大丈夫ですか?シド」

フリメルダがシドを背にして振り向きもせず問うた。 その背からは怒りのオーラが感じられるが、怒りの矛先はイルーアだけではなさそうだ。

「また、危険と知りつつひとりで出てきたのですね、シド?」
「だからこそ、だ。カミュジャの事は俺ひとりの問題だ。クランを巻き込む訳にはいかねぇ!」
「…私達も馬鹿にされたものね。そんなに仲間が頼りない?」
「そンな事…!!」
「どれだけみんなが心配してるか分からないの?シド、あなたはあなたひとりだけの身体じゃない。 それが理解できないというなら…あなたを許さないわ、シド!!」

こちらを少し見遣ったフリメルダの瞳は熱い怒りに揺れていた。 シドはぐぅ、と呻くと一言「悪かった」と告げた。
その様子を見ていたイルーアがさも可笑しそうに腹を高笑いした。

「アハハ…!シド、あなたもなかなか使えそうな駒を見つけたものね!」
「駒じゃねぇ。クランの大切な仲間だよ」
「仲間。そう仲間ね!」

イルーアはその言葉に過敏に反応しかたと思うと、怒りだした。

「シド、あなたは以前は任務に忠実な有能な幹部だった。 それが、今はどう?あなたの言う『仲間』のせいであなたは変わった。 昔のような獲物を狙う鋭い目がとても素敵だったのに」
「………イルーア」
「もう私の知るシドでは無くなったのね、シド」

イルーアはその言葉を掠れた声で吐き捨てた。
暫くやり取りを静かに眺めていたフリメルダはイルーアに問いかけた。

「あなたはシドが変わった、というけれど、変わったのは周りの環境でしょう?」
「…何が言いたいの?」
「シドに仲間が増える度に、自分から離れていく。そんな気がしたのではないの?」
「…バカバカしい。知ったような事言わないで」
「分かりました」

フリメルダは体勢を整えると剣の切っ先をイルーアの方に向けて告げた。

「あなたがどういう理由でシドを傷付けようとするのか。それは私の知るところではありません。 ただ、シドはあなたに手が出せないようだけれど、あなたが私達のリーダーを襲うというなら…。 わたしは容赦しません。どうしますか、ナイトシェイド…?」

有無を言わさないフリメルダの問いかけ。その瞳からはあらゆる感情が読みとれない。 この彼女がやる、というならば本当に容赦せずにイルーアを切り捨てるのだろう。 イルーアはフリメルダの視線を正面から受け止め、フ、と微笑した。

「いくら私でも元・幹部と剣聖を相手に戦いを挑む程、無謀ではないわ…」

シュン、と一瞬でテレポしたかと思うと、風に乗ってそっとイルーアの声が聞こえてきた。

(シド。…この決着は必ず。次に会うときはどちらかの最後よ一一一)

イルーアの気配が消えたのを確認するとフリメルダは剣を鞘にスっと納め、シドの怪我を介抱しようと近付いた。回復させる為にフリメルダが傷口に手の平を当てて介抱する様子をシドは眺めていた。

「なぁ、アンタも結構怒ると恐ぇなぁ」
「今回のはシドが悪いですよ」

口調からフリメルダはもう怒ってはいないようだ。それを確認したシドはおそらく彼女が疑問に思っているであろう事を口にした。

「フリメルダ。イルーアの事、どうしようもねぇ奴だと思うだろ。あいつに構う俺はアタマがおかしいくれぇに思ってンじゃねぇか?」
「そうですね」
「やっぱ、な」
「でもあなたにとっては大切なんでしょう?」

そういって介抱し終わると、フリメルダは微かに微笑んでシドを見上げた。

「破滅に導こうとしている彼女。そりゃ、私から見れば性格破綻者だわ。 でも、あなたは私達よりもっと彼女と記憶を共にして、彼女の事を理解している。 …こんなことになるなら、『出会わなければよかった』とは思わないでしょう?」
「そうだ」
「無駄な出会いなんてない。私はそう信じてます。何より私自身、似たような思いをしている。 あのとき彼が…ルクが取った行動は間違っているかもしれないけれど、『出会わなければよかった』などとは思えない。 あなたがおかしいなどと、私の口からは言えません。自分自身を否定することになるもの」
「そうか。…有難うな、フリメルダ」

シドは回復した自分の腹を撫でると自嘲したように笑った。 そんなシドの腕を取って、フリメルダはぐいぐいと引っ張った。

「さぁさぁ!早くみんなのところに戻りましょう!あ、帰ったときはニッコリ笑って会ってくださいね。 そうさせるってみんなと約束してきましたから!」
「うぅ〜。アデルあたりからキツーい一言が返ってきそうだな。何か菓子でも買っていくか」
「いいですね!みんな喜びますよ!何にしましょうか? やっぱりグラスの町に来たからには、『ガトーカルディ』のシフォンケーキですよね?」
「………う!」
「…その顔、さてはイルーアとの想い出の店だったりします?」

上目使いにいたずらっぽく微笑んで見上げてくるフリメルダに、シドは思わず苦い顔をした。

「フリメルダ…!ひょっとしてアンタまだ怒ってるだろ?俺をからかうのが楽しいのか、そうだろ!」
「うふふ。別に特別な意図はありませんよ。さ、早く行きましょ。早く!」

腰が引けぎみのところを後ろから背中を押すフリメルダを見て、シドはとうとう観念したらしい。 2人でああだのこうだの言いながら、町明かりを頼りに夜道を歩いていった。

そして誰も居なくなった街道。と思いきや、去りゆくシドとフリメルダを街路樹の上から眺めていたのはイルーアだ。ザザッと風が吹いたかと思うと、そのすぐ後ろに闇に紛れるように人影が見えた。

一一一イルーア様。後を付け、隙を見て始末致しましょうか。
「いいのよ」

一一一しかし、早い内に片づけた方が我々の邪魔をされずに済むのでは?
「いいの。彼は私が…みなまで言わなくとも分かるでしょう?」

一一一承知致しました。

影の声はイルーアの口調に怒気が含まれているのを感じ取り、それ以上語らず闇に紛れて消えた。 後はシドが居なくなったあとの夜道をじっと眺めるイルーアの姿だけが残された。

一一一そして禁断の地『ゼレイア』。
先程まで戦っていたイルーアは、シドの腕の中でぐったりとして動かなかった。

(これで、良かったのかよ。イルーア…)

いつかくると思っていた彼女との別れ。だがどうしても府に落ちない。 イルーアが本当に何がしたかったのか、どんな思いでいたのか。 シドははっきり確認できず終いで、取り残された気分だった。

イルーアの顔を見ると少し微笑んでいるように見える。 いや、シド自身がそう思いたいだけなのかもしれない。 そうこうしているうちにイルーアの身体は淡い光に包まれて、その身体が軽くなったかと思うと、光と共に溶け込んで消えてしまった。

光が収まったかと思うと、側に落ちていたイルーアのグリモアがそれ自身の力でバラバラとページを捲り、最後のページまで自動的に書きこまれてゆく。

「………ついに、完成するのか」

それが何を意味することか、どんなに危険なことかは頭の片隅では分かっていたが、イルーアを無くした虚無感に包まれ、シドはただただグリモアの完成する様子を眺めているだけだった。

ボトリ、と動かなくなったグリモアがシドの目の前に落ちた。その役目を果たしたのだろう。 それが先程までここに居たイルーアの姿と重なり、そっとグリモアを手に取って開いてみた。 最後のページを見たシドは、目を見開いて『そこ』に釘付けになった。

「イルーア、お前は…ここに帰りたかったンだな」

そのページを開いたままその場にグリモアを置いたシドは、先にルッソ達が向かった部屋へ駆けていった。


最後のページ。そこには大きな絵が描かれていた。
海辺の側に建つ、白い壁の建物の前には広い庭があり、その真ん中には木陰で休むシドの膝枕で眠るイルーアの姿があった。そこには穏やかな時が流れ、絵の中の2人はとても幸せそうに見えた。

その絵の下の方、右端のところに確かにイルーアの筆跡でこう記されていた。


『グリモアの中でくらい、夢見たっていいじゃない』


(09.2.3)



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