新しい年に感謝を込めて 3

俺は今しがたデュアルホーンが狙おうとしていた場所を見遣る。 海に面した大通りからは死角になっているそこは使われなくなった廃屋が続いており、普段は誰も近寄らない。 昼間でも薄暗いそこは、夜の闇に溶けて町明かりすら届かなかった。

俺は過去に何度も通った道を辿り、中でも一番大きな建物を見上げた。 外観は古ぼけた廃屋風だが、中は最新鋭の施設が整っている『カミュジャ』の隠れ家の1つだ。 一番高いところに他より一回り大きな窓があり、そこからは水平線が一望できるようになっている。 窓は硬く閉ざされており、人の気配は感じられなかった。

(そう都合よくアジトに居る訳ねぇか。…しゃーねぇ、帰るとすっか)

!!

振り向くとそこで目があった。いや、見張られていた…!
俺は一気に己の全身に冷たい汗が流れるのが分かった。

「何かご用?元・幹部さん」
「どこから見張っていやがったのか…。相変わらず趣味が悪ィぜ、イルーア」

そうだ。イルーアは俺の真後ろ、握り拳1コ分程のところで立っていたのさ。
…一応、会いたかった相手ではあるんだが、いざ目の前にしてみると全身が凍る程恐ろしくもある。 何故なら、今俺は彼女にとって『敵』『裏切り者』であるからさ。

「今の時期なら人が出払っているとでも思って?いえ、そもそもよくのこのこと顔を出せたわね。 年明けから死にたいの?」
「組織を見くびっていた訳じゃない。だが会いたかったのさ、この時期だからこそ」
「迷惑だわ」
「そりゃそうだ。…お前まで裏切り者と間違えられると組織に処分されちまう。 …なに、顔が見たかっただけだ。すぐに消えるさ」

俺は来た道を戻ろうとすると、イルーアがそれを引き留めた。

「…今日は私以外は出払っているわ。話を聞きましょうか?」

俺は振り返ってイルーアの顔を見た。相変わらず、その感情は読みとれない。
…罠、だろうか。

「言っただろ、顔が見たかっただけだ。…じゃあな」
「カミュジャを襲撃する予定ではなかったの?」
「…何?」
「組織はあなたが…ガリークランがデュアルホーンと共謀してカミュジャを狙ってくると予想してるわよ? …今だって一緒に居たじゃない」

見られていた。いや、デュアルホーンの動きを読んでいた。 それくらいは予測しておくべきだったンだ。相手は『カミュジャ』なのだから。あの2人が危ない!

「あいつらに追っ手を出したのか!?」
「いいえ。そうして欲しければそうしてもいいのよ?」

イルーアはそう言うとニヤリと口の端を持ち上げて笑った。
俺は咄嗟にマクイスとセレブが立ち去った方へ駆けだそうとしかが、イルーアのか細い手がグっと俺の腕を掴んで放さなかった。 この細腕のどこにこんな力があるンだ!いや、ナイトシェイドたるイルーアだからこそ、か…。

「離せ!イルーア!あいつらは俺とは関係ねぇ!」
「相変わらず無謀ね、シド。いつもお子様相手にのんびりした生活に慣れてしまったから?」
「…おい、まさかルッソ達にも…!!」

俺がクランを離れるのを分かっていて、ガキ共にまで手を出す気じゃ…。イルーア!!

「いい顔だわ、シド。あなたのその表情を見ているとゾクゾクする…。フフフ…!!」
「いい加減にしねぇと承知しねぇぞ!」
「…嘘よ。デュアルホーンの行動も私の憶測にしかない。 組織にはデュアルホーンとガリークランの関係までは言っていないわ」
「…本当か?」
「私をまだ信用できるのなら、ね」

俺を冷や冷やさせるのが楽しくて仕方ないらしいな…。相変わらずだ。
…本当に何しに来たんだろう、俺。 デュアルホーンどころか、自分のクランにまで影響を及ぼしかねねぇってのに。

「自分が気を付けなければならない立場だって分かった? …いつでも私がその首を狙ってる、と思っていた方がいいわよ」
「その通りのようだ。俺の気の迷いだったな」
「それでも私に会いに来てくれたんでしょう?」
「…そうだ」
「あなたが私から離れられるのは、お互いどちらかの存在がなくなったとき。 それまで私に縛られ続けるといいわ、シド」

イルーアの表情はいつもの冷たいままだが、その姿がどうしても寂しそうに見えるのは何故だろう。 彼女は俺を縛っているつもりでも、もう俺がその手を離れて戻らない事を分かっているのだ。 ルッソ達、ガリークランの仲間を陥れるかのような言い方をしたのも、彼等に対しての嫉妬があるからだ。

…だが敢えてそれは言うまい。 彼女のその寂しいプライドまで傷付けてしまったら、何も残らないだろうから。 できればイルーアにはいつまでも強く美しく居て欲しい。 それは彼女の元にはもう戻れない俺自身のエゴなンだろう。

上手く想いを言葉に出来なかった俺はそっとイルーアを抱きしめた。そうする事しか出来なかったンだ。 彼女は黙ってされるがままになっていた。 少なくとも俺がやって来た事を悪くは思っていないらしい。それで充分だ。

「………こんなことろでゆっくりしていていいの?大事な子供達が待っているんでしょう?」
「そうだ。俺は逢えて嬉しかったよ、イルーア。土産も何も無くて悪ィな」
「何も要らないわ。形が残る物は不要だと、いつか言ったでしょう」
「…そうか。じゃあ、俺はもう行くよ」

俺は少し名残惜しいがイルーアの身体を離すと、翻してその場を後にしようとした。
ふ、とイルーアの手が俺の腕に触れた。…と思ったら。

俺の前に回り込んで頭を引っ張られたと思ったら、頬に触れる程度のキス。
…一瞬の出来事に目を丸くしていると、イルーアはフフ、と微笑んだ。

「何て顔してるの?今更、珍しくもないでしょ?」
「…いや、油断してた」
「私の前では常に気を張っていなければ駄目じゃない。 触れたのがナイフだったら、あなたは既に死んでいるところよ!」

さも可笑しそうに笑うイルーアを俺はただただ、呆然と見ていた。

「あなた年始の『お届け物』してたんでしょ?今のは私からの『お年賀』よ。 相変わらず人の事ばかりで、見返りなんて求めてないんでしょ?」
「…あ、ありがとう」
「満足したらさっさと帰りなさい。次、会うときは『敵』として扱うわよ」
「分かった。じゃあそれまでは無事でいろよ!」

何かしてやりたかったと筈なのに、逆にされてしまった。 まぁ、去りゆくイルーアの姿を見るに満足したらしいのでそれでいいンだろう。

夜も更けたが、ガキ共は俺が帰るまで起きて待ってるに違いない。 そうだ、今の俺には待っている大切な仲間がいる。早く帰ってやろう。

…夜道を歩いていると、側の草陰から何者かの気配を感じた。今日はよく後を付けられる日だな。 しかもその気配が自分がよく知っているモノだから、どう突っ込んでいいやら。

「取りあえず、出てこいよ、お前ら」
「へへ、さすがシド。やっぱり気付かれてた?」
「ルッソはバレバレなのよ。せっかくアタシの華麗なる気配消しが無駄になるじゃない!」
「いいよ、バレバレでも。俺、アデルみたいに泥棒なんてしないし」
「ちょっと人聞き悪いわよ!」

いきなり出てきて痴話ゲンカかよ、この2人は。 この騒がしさは、いつもならうんざりするンだが、今は何故かホっとする。 俺の居場所に帰ってこれたンだな、という気になるンだ。
アデルは俺が先程贈ったコートを着込んでいた。どうやらお気に召したようだな。

「いつから居た、お前達」
「えっと、シドが青いお姉さんと話してる時から」
「イルーアはちゃんとあたしたちの存在に気付いていたわよ」

あ、アブねぇ!もしアイツがガリークランを消す気だったらどうするつもりだったンだ!

「お前ら…。ちゃんと待ってろって言っただろう? 特にアデルは一度狙われてるってのに、懲りてねぇのか!」

アデルは俺が本気で心配してやってるのに、そっぽ向きやがった。危機感の無いヤツめ。 ルッソと言えば、俯いて何か堪えているようだ。…ちと言いすぎたか?

「それを言いたいのは俺の方だよ、シド」
「…何だって?」
「前だって俺達に黙って出ていって、大ケガしちゃったじゃんか。 アデルがきっとシドはイルーアのところに行くだろうって言われて俺、飛んできたんだぜ!
…俺、もうあんなシド見るの嫌だし、あんな思いするのも嫌だ。 シドが俺達の心配してるように、クランのみんなも同じようにシドを心配してるんだ。
俺の居ないところでケガされたら、俺また何も出来ないだろ!?分ってんのかよ!!」

ルッソは俺の腰にしがみついてきたかと思うと、握った拳で俺の腹をポカポカ叩いてきた。 言葉の最後の方は半分泣き声になっていたルッソを俺はただただ受け止めるしか無かった。

「約束してよ。もう黙って危ないところに行かないって」
「分かった。俺が悪かったよ、ルッソ」
「…うん」

そう言って顔を上げたルッソは、鼻の頭を真っ赤にさせて俺に笑顔をくれた。
あぁ、駄目だ。人に何かしてやれても、一番近くに居る奴を悲しませちまったら終わりだろ、俺!
俺は心の奥で自分に舌打ちして、ルッソの頭をぐりぐりと撫でてやった。
ごめンな、ルッソ。

「…皆のところへ帰るぞ、お前達」
「うん!」

ルッソはいつものように気持ちの切り替えが早いらしく、嬉しそうに付いてくる。 俺達を見遣るアデルは半ば呆れ顔で、溜息吐いてやがる。
くそ〜、すべて見切ったような顔しやがって!俺はアデルにさえ適わねぇようだな…。 後ろを駆け足で付いてくるルッソが、俺の顔を伺って聞いてきた。

「ねぇ、シド。シドはイルーアの事、好きなんだろ?」
「…ン?まぁそうだな」
「好きなのに一緒に居られないって、どういう事?」
「まぁ、大人にはいろいろ事情があるンだよ」
「わかんない。好きだったら、俺みたいに追い駆けてくればいいのに」
「世の中、お前みたいに心が強い奴ばっかじゃねぇって事だ」
「イルーアの事?え〜、魔法や攻撃とか見てると強いのにな。態度も高ビーだし」
「どんなに強そうに見える女でも、心の奥には弱さを持ってる。そいつを分ってやらなきゃな」
「それはアデルにも言える事?」
「ン?…さぁ、それはどうだろうな」
「…聞こえてるわよ、アンタたち!!」

結局俺達はクランの仲間のところへ戻るまで、アデルに追いまわされるハメになった。



 俺もイルーアも世間の荒波に飲まれて、逆に世界観が狭まっていたンだと思う。
 少しでもルッソの素直さが俺達にもあれば、少しは変わっていたかもしれない。
 いや、1日1日ルッソの日記に足跡が刻まれるように、俺も変わってる。
 俺も変われるなら、イルーアも変えられるのかもしれない。
 
 そんな希望が湧いてくるンだよ、このルッソの側に居ると。
 ルッソだけでなく、クランの仲間と共にいると声を大にして言いたくなる。
 
 『あぁ、素晴らしき日常よ』…とな。


(09.1.26)



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