「イルーアよぅ、この部屋なンとかならないのか?」
シドの言うこの部屋とは、主にイルーアが専用に仕様している部屋の事だ。 カミュジャの幹部とはいえ、あまり目立つところに住む訳にはいかないので、 広くも狭くもない二間続きの部屋だ。
建っている場所は奥まった人目の付かない場所だが、室内だけはイルーア好みの内装になっていた。
青いカーテン、青い調度品。
殆どが青で統一され、それに合わせる為の白が少し混じる、といったデザインの部屋になっていた。
窓のある場所は晴れた日には青い海が一望でき、
ちょうど青い空と海を描いた絵画がそこにあるかのような雰囲気を醸し出す。
「青い家具のこと?私、青って好きなのよ。綺麗でしょ?」
「おまえは目も髪も化粧も青いからな。そのうち便器まで青くするつもりじゃねぇのか」
「下らないこと言わないで。あなたも青くて綺麗なものを私にちょうだい」
「今のおまえに手に入らないモノなンかあるのか?」
「どうしても手に入らないモノがあるわ」
「ほぉ。なンだ言ってみろ」
「…教えない。当ててみてはどう?」
*
「シド!シドってば!」
ルッソの呼び掛けにシドは現実に引き戻され、はっと目開いた。
見れば少し先の方からルッソとアデルがこちらを振り返っている。
何時の間にか考え事をしている内にしんがりを歩いていた。
他のメンバーはもう随分と先へ行ってしまっている。
「シド、どうしたの?調子でも悪いの?」
「いや、なんでもねぇ。おまえは自分の心配だけしてろ」
「おじさん、怖くなって怖気尽いたんじゃないの?」
「ぬかせ、アデル。ホラ、さっさと行くぞ!」
(まったく、これからイルーアのヤツと一戦やらかそうってときに、何思い出してンだ)
シドはパンっと両手で顔を叩き、気合いを入れ直した。
歩きだしたルッソの後を行こうとすると、後ろから腕を引っ張られた。
振り返るとアデルが妙な顔で見上げてくる。
「…どうした?」
「シド。あの女と戦えるの?」
「何が言いたい」
「気付かないとでも思った?過去、二人がどういう関係だったかなんてヤボな事は聞かないけど」
「…大丈夫だ。今は何よりルッソを無事、元の世界へ帰す事しか考えてねぇよ」
「攻撃できないなら、離れたところに居てもいいよ。アタシがトドメを差す」
「へぇ。心配してくれてンのか?」
「ば、馬鹿言わないでよ。下手して大怪我でもされたら困るだけ!」
アデルはプイっとそっぽを向いて、さっさと行ってしまった。
(ガキでも女だな。鋭いこった。こう気遣われてるようじゃ、リーダーとして失格だな)
シドは苦笑し、頭を掻きつつ皆の後を追った。
*
足元にはイルーアが蹲って口から血を流していた。
シドは最後の命が消えようとする彼女を見下ろした。
掛ける言葉はない。お互い覚悟はしていた筈、後は見届けるだけだ。
「シド、穴が開くよ。早く行こう」
「ルッソ、先に行くわよ」
「な、なんだよアデル!俺はシドと…」
アデルはまだ何か言おうとするルッソの背中を押しながら、部屋を出ていった。
シドは屈み込んでイルーアの顔を見つめた。親指で血で汚れた顔を拭ってやる。
「シド………」
「まだ生きてたか」
シドの言葉にイルーアは力無く微笑んだ。シドはぐったりとしたイルーアの身体を少しでも負担の掛からぬよう、抱き起こす。自分が覚えている彼女の身体より、随分とか細くなっていた。
「何故、力を手に入れようとした?あんなもン呼び出したら、この世がどうなるか分かるだろうに」
「欲しかったのは力では無いわ」
「じゃあ、何だ?」
「こうすれば、あなたは私を追ってくるだろう、と思ったの」
「そんな事の為に、皆を犠牲にしようとしたのか?」
「他の人間の事なんて私の知った事じゃないわ」
はぁ、とシドは深く溜息を吐いた。
「もうちょい何とかならなかったのか?
おまえ、いつも強引なんだよ。俺に戻って来いと相談してみるとか」
「それが出来れば苦労しないわ。置いて行かれた女の意地よ」
イルーアは目を細めてニヤリと笑った。
「あなたと私が無くしたモノがあると言ったわね。心当たりがあるわ」
「ほぉ。何だ?」
イルーアは唇を動かすが、声に出ない。
シドは最後の声を聞き取ろうと、顔を近付ける。
イルーアは震える手を持ち上げて、シドの頬を撫でた。
「どうして…。どうして一人で出ていってしまったの?」
*
『どうしても手に入らないモノがあるわ』
『ほぉ。なンだ言ってみろ』
『私だけを映す、あなたのその深く青い瞳よ』
(07.12.20)