禁域ゼレイアでの死闘の後…。
ガリ−クランの面々はルッソと別れる前にその疲れを癒す為と、ルッソとの最後の交流だと、彼がお気に入りだったお店で食事をする事にした。
タルゴの森のキノコ料理も捨てがたいが、やはり海産物がいつも新鮮で美味だということで、グラスの町での食事となった。
それは普段と特に変わらない食事の風景、世間話をしたり笑い合ったりで、皆これで最後という雰囲気も無かった。逆に悲壮感もなく、ルッソにしては有り難かったに違いない。
これは最後のお別れではなく、旅立ちへのお祝いなのだから。
それでもクランメンバー達は気遣って、ルッソとアデル、ハーディ、そしてシドを残して皆、それぞれ町に散策に出ていった。最も仲の良かった彼等には話しておきたい事があるだろうとの気遣いだった。
とはいえ、残った彼等4人も特に話し合うような事は無かった。
思い出はこれまでの旅で充分補えていたし、彼等には話さなくとも通じ合える仲であったから。
「さて、ルッソ…。もう充分に料理は味わったか?」
「うん!でもせっかくだから町の様子もよく見ておきたいな」
「そうか。じゃあお前ら、小遣いやるからちょっとブラブラしてこい」
シドはそういうと、マントの胸元の間からいくらかギルを出してテーブルの上にジャラリと置いた。
「え、シドは一緒に行かないの?」
「もうちっと休憩してから行くわ。ちゃんと合流するから、好きなところに行ってな」
ルッソはもちろんシドも一緒に来るものだと思っていたので、身を乗り出して椅子から立ち上がった。その隣でアデルがシドの置いたギルをかき集めながら言った。
「まぁまぁ、いいじゃない。シドもこうしてあたしの為の装備用資金を出してくれたワケだし」
「お前専用の金じゃねぇぞ、アデル」
相変わらずのアデルに少し呆れた顔をしたシドに、ハーディが心配そうに声を掛けた。
「それにしてもこんなにお小遣い貰って大丈夫クポ?まぁ、アデルが無駄遣いしないようにモグが見張っているけど…」
「それじゃ、シド。出掛けてくるから、すぐに来てね」
ルッソとハーディが立ち上がり、その背を押すようにアデルが後を行く。
立ち去り際に、アデルがシドにだけ聞こえるようにそっと耳打ちした。
(しっかり時間稼いであげるから、無事に戻ってくるのよ…)
ルッソとハーディの後を追う前に、アデルはシドの後ろ、隣のテーブル席に座っていた人物にチラリを目を遣った。それは一瞬のことで、アデルはすぐに店から出て行った。
暫く、沈黙が流れた後一一一。
「…なかなか鋭いお嬢さんですね、シド。あのイルーアが欲しがっただけある」
「何か用か、ホレイム。俺の暗殺だったら、ガキどもの見ていないところで頼むぜ?」
シドと背中合わせに座っていた竜騎士、ホレイムは立ち上がると、今までルッソ達が座っていた席に落ち着いた。向かい合うシドの目は、ホレイムが現れたと気付いてから覚悟をしていたような、そんな目だった。
「安心して下さい。組織からは何も命令されていません。私ひとりで貴方に敵うなどと、思い上がってませんよ」
「…その言葉も罠かもしれねぇ。あの組織が信用ならねぇことは、誰よりこの俺が知ってるからな」
「それでこそ元幹部ですね、シド」
信用しないと言われている割には、ホレイムは嬉しそうにしていた。
尤も、その表情は常に兜に隠されていて、伺うことは出来ないが。
「元幹部としては、イルーアが居なくなってからの組織の動向が気になるんじゃないですか?」
「ほう、お優しいこった。それこそ、何か目的があって言いにきたンじゃねぇのか?」
「……フフ。本当に信用されてませんね。ですが、これは私の気まぐれですよ」
そう堅くならないでください、と言いつつホレイムは他の誰かに声が届かぬよう、シドの方に身を乗り出して自分からカミュジャの状況を話しだした。
イルーアやユエンが居なくなった後、後任の幹部がやってきたが、とくに滞りなく業務は受け継がれていること。それが、このホレイムの貢献あってのことだと、シドは分かっていた。
「俺もイルーアも、結局は“駒”のひとつでしかなかったンだな…」
「アジトの事ですが…。今だにそのままで残っていますよ、あなた方の使っていたあの部屋」
海の蒼をそのまま映したような、その部屋。
そこには潮の香りと確かにそこに居た“彼女”の香りがした。
部屋の扉を開けると彼女はこちらに背を向けて、彼女の髪と同じ色のソファに腰を掛けて、静かに“グリモア”を読んでいた。
こちらに気付いているにも関わらず、こちらを見ようともしない。
その美しい唇がそっと言葉を紡ぐ。
『あら。帰っていたの、シド』
「………シド、聞いてますか?」
「ン?…あぁ、そうか。もう、あそこは処分してくれていいぞ。戻るべき人間はもういない」
「イルーアですが。彼女どうなってしまったと思います?」
「…グリモアと共に消えちまった。もうおそらくその姿を見ることはねぇだろう」
「死んでしまった。とは言わないんですね」
「俺がそれを認めちまったら、あいつが帰る場所がなくなっちまう。
…なぁ、あいつの事結局分かってやれなかった気がする。あいつは満足だったンだろうか」
イルーアの最後に見た顔。少しではあるが、確かに微笑んでいるように見えた。
「満足だった筈ですよ。なにしろ、最後にあなたの元へ戻ってこれたのだから」
お互いに分かっていた結末。そして出来ればそれを避けたかった。
彼女はそれでも満足だったのか。
「私はそろそろ行きますね、シド。組織に怪しまれたくありませんから」
「時間取らせたな」
「いえ…。シド、今後出会ってもお互い知らぬフリにしましょう。あなたとて、いつまでも『カミュジャ』を引きずりたくはないでしょう?」
「あぁ、これからは俺達は他人同士だ」
「もし、私が貴方に対して『知らぬフリ』を通さなかった場合。
…それは組織から貴方の暗殺を命じられたときだと思って下さい」
「ほいほい。そうならねぇ事を願うがな!」
苦笑したシドは立ち上がったホレイムに手を差し出した。ホレイムは無言でそれを握り返した。
「あ、そうだ。最後にコーヒーでも奢ってやろうか?せっかくだからそのツラ、拝ませてくれよ」
「必要有りませんね。今までも、そしてこれからも」
シドはこれだけ関わりあったにも関わらず、何故かホレイムの素顔を見る事が無かった。 おそらくこのバンガを倒すことが出来た者のみ、その死に顔を見る事が出来るのだろう。
ホレイムは去り際に自身は食事も飲み物も口にしていないにも関わらず、シドの目の前に代金を置いた。
しかもそれは必要以上の金額だった。
「おい、俺にも自分達の食事代くらい払える金は持ってるぞ」
「奢りですよ。…私と話しをする為にアデルさんに大枚渡していたでしょう?
今も昔も女性には苦労していますね、シド。彼女がそのうちあなたの恋人になるのでしょうか」
「馬鹿言うな、俺はロリコンじゃねぇ。それに…女はアイツだけで充分さ」
「これは失言でした」
フフ、と含み笑いをしたホレイムは、シドに背を向けた。
「ではお元気で、シド。もう会う事が無いと良いですね」
「あぁ。…刺客と疑って悪かったな、ホレイム!」
軽く片手を上げたホレイムはその姿を消した。
あの組織の中で良くも悪くも『友』と呼べたのは、彼だけだったかも知れない。
何かを振り切ったような笑顔でシドはググっと伸びをした。
「さて、と。ルッソの見送りにでも行くか!」
シドは自分と散策をしたがってたルッソと、そのお守りをしているだろうハーディと、少しはこちらの心配をしてくれているらしいアデルの顔を思い出しながら、グラスの町へと足を踏み出した。
(08.11.4)