追憶

何か自分がミスでもしてしまっただろうか…?
賞金稼ぎバウエン一家のヴィスは心の内で何度も首を捻った。

季節は緑陽の月。気候もよく、ちょうど森は草木や花で彩られ、ヴィスにとっては故郷の良かった頃を懐かしむとても楽しみな時期でもあった。 同じメンバーのローアが寒がりであった為、冬の間は蓑虫のように縮こまっていたが、暖かくなった今は小動物と草原を駆け回ったりしてなんとも微笑ましく感じられた。

そのローアが今日は口数が少なく、大人しい。 彼女だけではない。ツィーゲルも朝から複雑な表情でどこかよそよそしい。 肝心のリーダー、バウエンに限っては心ここにあらずといった様子であった。

このような穏やかな日に一家の面々が不機嫌になる理由がヴィスには思い付かなかったので、自分では気付かぬ内に自分に非があったのではないか、と考えた。
自分が本当に悪いかったのであれば、それを改善せなばなるまいと思い、比較的話し易いローアに聞いてみる事にした。

「…え?何かヴィスが悪いコトしたかって? それはないと思うよ。メンバーに問題があれば、バウエンははっきり言うし」
「だが、皆の様子がいつもと違うことくらい私にも分かるぞ。…何かあったのか?」
「…それは多分一一一」

少し伏し目がちに語ろうとしたローアのセリフは、2人の元へ顔を出したバウエンの声で遮られた。

「2人共、そろそろ出掛けるぞ」

用件だけ言うとバウエンはさっさと出て行ってしまった。今日の予定を聞いていなかったヴィスは首を捻った。

「…今日はなにか依頼を受けていたか?」
「あ、今日のは依頼じゃないんだ。行ってみると分かるよ」

バウエンの後をひょこひょこ付いて行くローアの後にヴィスも続いた。 着いた場所は緑が生い茂る窪地で、ちょうど中心にあたる場所に大木があった。大木の周りには色とりどりの花が咲いていて、とても美しい場所だった。

バウエンはその木の側に神妙な顔で近づき、暫く木の葉が風に揺れる様子を眺めているかと思うとその場に胡座をかいて座り込み、おもむろに取り出した酒を手にした杯に注いだ。その杯の数は2つ。 彼はなみなみと注いだ杯の1つを目の前に置いて、それをじっと眺めていた。

「…バウエンはたぶん、辺りが暗くなるまでああして飲んでると思うよ」
「この場所は…。バウエンの奥方、フリーゼが亡くなったところか?」

ローアはこっくりと頷いた。ヴィスはバウエンの様子を見ていてもしや、と思っていた。
彼をとりまくミストのその寂しさ、切なさといったら一一一。
見ているだけでも彼を抱きしめに行きたくなってしまう。 ヴィスとローア、そしてツィーゲルの3人は少し離れた木陰からその様子を窺っていた。

「去年もこうだったから、今年もこうなるかな、と思って。ヴィスには言ってなかったね」
「今日はフリーゼの命日なんだ」

ヴィスはバウエンの姿を見守る2人を見た。彼等はバウエンと共にフリーゼを死なせてしまった、という重い十字架を背負って生きている。彼等には、自分の知らない『バウエン一家』のこれまで培った思い出や記憶をバウエンと共にし、信頼を深めてきた。

だが自分はどうだろう。己を鍛える修行の一貫としてバウエン一家への加入を希望した。そしてある程度エンゲージのノウハウを身に付けたら、また別のクランへ行こうと考えていた。
ヴィスは自分と他のメンバーとのクランへの思い入れの強さへの違いに距離を感じていた。それは最初からそうなるであろうと分かっていたし、それを特に気を留めるような事も無かった。
だが、今は違う。共にいる間にバウエンのクランメンバーへの配慮や考え方、その生き様を目にしてきて、ヴィスはこの『バウエン一家』に心底惚れ込んでいる自分に気付いてしまったのだ。

『彼等と共に居たい』そう思えばこそ、この距離感と身の置きどころに悩んでいた。そして今日、どうしても彼等と共有できない『フリーゼ』というキーワードに完全に疎外感を感じてしまう事になった。

まだ見たこともない、そして見る事のない『フリーゼ』の存在に嫉妬し、彼女の居た場所への羨望が自分の心の中に渦巻いている事を知ったヴィスは、この居心地のいい一家から去るべき日が来たのかも知れない、そう感じざるを得なかった。

その夜、カモアの町に戻った一家は特に会話も無く、それぞれの部屋に戻っていった。 ただヴィスだけはひとりで物思いに耽りながら、宿の1階にあるパブのカウンターで酒を飲んでいた。 すると近くに覚えのある気配。ヴィスは長い耳をピクリとさせ、視線だけそちらを見遣った。

「…おっと。『くない』で刺さないでくれよ?脅かすつもりじゃなかったんだ」
「私に気配を殺して側に立つなど無駄な事だ。次は『潜伏』で来い、バウエン」
「無茶言うなよ」

両手を上げてニヤリと口の端を上げたバウエンは、ヴィスの機嫌が悪い訳ではないと分かると、その隣へ腰掛け、バーテンダーに自分の酒を注文した。

「昼間も飲んでいただろう、バウエン。…飲み過ぎは身体に悪いぞ?」
「女房の手前、ガブガブ飲んでいたワケじゃねぇ。あの世からぶっとばされたくねぇからな。…で?」
「で、とは?」
「ツィーゲルの奴がなんかヴィスから用事がありそうだから声掛けとけ、とよ」
「ふむ。さすがン・モウは聡いな。彼に隠し事はできそうにない」
「そうなんだよ。以前、ヤツにエロ本の隠し場所がバレてえらいどやされ………ワリィ、真面目な話か?」

ギリ、とヴィエラの冷ややかな目で睨まれたバウエンは慌てて取り繕った。
ヴィスは深く溜息を吐くと、日頃から感じていた『一家』との自分の距離を正直に話し、そろそろ袂を分かつ時期だと考えていたと伝えた。

少しづつ語るヴィスの話しをじっと聞いていたバウエンは、ひととおり話しを聞くと「ふ…ん」と自慢の髭を撫でながら黙り込んだ。ヴィスの思いが真剣なのは分っていたので、適当に答える訳にはいかなかったのだ。

「で、おまえはどうしたいんだ?」
「どう、とは…。だから私はこのクランを去ろうと…」
「ヴィス、おまえこことは別のクランに入った事はあるのか?」
「別の…?居たとしてもボディガード替わりに2〜3ヶ月居たくらいだな」
「じゃあ、ここが一番長いんだな?」

バウエンの言いたい事が掴めず眉を顰めたヴィスを見遣り、バウエンは手元の酒を一気に飲み干した後に告げた。

「まずな。事務的に言うとすると、出て行きたいという奴を無理矢理引き止めることはリーダーとしてはできねぇ。これはいいな?」
「あぁ」
「で、おまえは出ていきたいのか?」
「…いや。できればずっとここに居たいのだが」
「じゃあ、問題ねぇだろ?居ろよ」

話しは唐突に終わった。ヴィスはいきなり打ち切られた話に唖然としていると、バウエンはゆっくり諭すように語りだした。

「バウエン一家は人数こそ少ないが、まぁまぁ長い事続いてるクランだ。ツィーゲルやローアとはそれだけ時間を共にしてきた。もちろんそれだけ絆は深い。……そして入ってきたばかりのお前とはまだ短い。これって当たり前の事だろ?」
「まぁ、そうなんだが…」
「俺達の培ってきたものを理解しろとか、フリーゼを無くした苦しみを共に味わえとか、俺は一度としておまえに求めたことは無い筈だ」
「…………」
「俺が求めたのは信頼できる、仲間を大切にできる人間だ。初めて会った時…。おまえはほぼ初対面だったガリークランをサポートしつつ自分の役割を果していた。だいたいエンゲージを見れば、そいつのひととなりは分かるつもりだぜ?」
「……バウエン」
「俺はおまえを信用できる奴だと思ったから『一家』に入れたんだ。言っておくが、来るもの拒まず、じゃねぇんだぜ?賞金稼ぎという危険な仕事をしているからこそ、心・技・体揃った者だけを入れる。つまり俺が言いたいのはな、おまえもツィーゲルやローアと同じく信頼していると言うことだ」

バウエンの言っている事は頭では理解できている。喜ぶべきことなのだろう。だが、ヴィスの中では彼の好意を受け入れきれない自分がいた。これまで厳格なしきたりのある森の奥に住まうヴィエラとして他種族との関わりを断つように過ごしてきた彼女には、その信頼を簡単に受けてしまうのはおこがましいのではないのか、と思ってしまったのだ。

「ヴィス、おまえちょっと堅く考えすぎなんだよ。…何より、一家を去りたいなんて言われたら俺が寂しいじゃねえか。乳臭いガキと口煩いン・モウだけになったら癒しがなくなっちまうよ。これからも宜しく頼むぜ、なぁ?」

ウィンクしてニカっと微笑むバウエンが差し出す手をヴィスがそっと握り返すとそのままグイ、と手を引っ張られて背中をバンっと叩かれてしまった。

「よし、決まり。問題解決だな!」
「……解決になったのだろうか」
「最初から問題なかったろ?」

呆然とするヴィスを尻目にさっさと部屋に戻ろうとしたバウエンだったが、何か思い出したのかまたカウンターに戻ってきた。

「そうだ、さっき他のクランに居たかどうか聞いたろ?こういった他種族の集まりみたいなクランだとな、どうしても出てきてしまう問題があるんだ」
「長くクランに居ると何かあるのか…?」
「寿命さ」
「…………!!」

ヴィスはすぐにバウエンの言わんとする事が分った。このクランは全員が違う種族の集まりだ。もちろん、それぞれ寿命の長さは違う。

「おまえとツィーゲルは大体同じ位で、ローアはヒュムよりちょい長い位だから…普通に考えると俺が一番最初にくたばるだろうな」
「バウエン、そんな…!!」
「今からこんな話を、てか?だがおまえにとっては、そう遠くない未来にいつかやってくる現実だ」

ヴィスが森に居た頃、外の世界に希望を持って出ていったヴィエラが風の噂で5・60年程でクラン活動を辞めて、その後ひとりで生きるようになってしまったという話を聞いた。おそらく自分達より思ったよりもずっと早く寿命を全うしてしまう仲間達を看取り、その現実に耐えられなくなってしまったのだろう。

「フリーゼは残念ながら本来の寿命を全うする事は無かったが、彼女のこれまでの生き様は俺の心にしっかりと残され、遺志は引き継がれた。だから彼女は死しても自分を想う者が居て幸せなのさ。
おまえも俺が居なくなった後、俺と共に居たことを誇りに思って生きて欲しい。『死』という別れが絶望だとは思わないでくれ。
……だからな。これから先、これからの時間を共に生き、おまえが大事だと言うその絆を一緒に作っていこうや」

バウエンはヴィスの瞳を真直ぐに見据えて告げた。

「そうだな、俺が死んだ後…。今日行った場所でフリーゼが死んだことは聞いたな?あそこの木の下にフリーゼが埋まってるからよ、俺もそこへ一緒に入れてくれねぇかな?
この事はツィーゲルにもローアにも言ってねぇ。……これを頼む事がおまえへの信頼って事にはならねぇか?」
「充分すぎるよ、バウエン。…私の事をそこまで考えてくれて、有難う」

ヴィスは自分の涙を見られぬように、バウエンの肩に顔を埋めた。
やがて宿の2階から誰かが降りてくるようなパタパタという音がすると、ローアの「あ〜!」という驚いた声がした。

「なんか2人共戻って来ないと思ってたら、ずっと飲んでたのか!?ていうか、ひょっとして2人共ラブラブな雰囲気だったりして?邪魔だった?ねぇ、邪魔しちゃった?」
「アホ」
「なんだよ、バウエン!一言で片付けるなよ!」

騒ぐローアの後ろからのんびりと頭を掻きながらやってくるのは、ツィーゲル。

「2人共、悪かったな。今は入る雰囲気じゃないのは分っていたが、ローアを止めるのに間に合わなかった」
「それはいいとして俺のエロ本返せよ、ツィーゲル」
「あのな、男だからエロ本持ってるのは仕方が無いとしてだな。………なんで隠し場所を俺の『エダローア聖典』の間に挟むんだ!気付かずに開いたときの俺の気持ちが分かるか!?」
「なかなか良かっただろ?」
「「バカ!」」

ローアとツィーゲルの2人に怒鳴られて、バウエンは思わず耳を防いだ。ヴィスはそんな様子に堪えられずクスクス笑っている。

「バカって言うなよ。あそこだとローアの目に付かないから安全だろ?なんせ、ローアが『エダローア聖典』を手に取るなんて絶対にあり得ないからな!」
「バウエン、それあたしの事バカにしてない〜!?…ってちょっとバウエンが好きそうな本、見てみたいかも」
「それは私も興味あるな。どんな女が好みなのか知りたい」

ヴィスまで調子に乗ってきたので、バウエンは逃げるように階段まで走っていった。

「おまえらな、リーダーをからかってるとそのうちバチが当たるぞ!」

宿の部屋にドタドタと駆け込むバウエンを見て、残りの3人は声を上げて笑い合った。
やっと。やっと自分の居場所を見つけられたのだ、ヴィスは改めてこのクランにいる事を誇りに思った。


バウエン一家が夜遅くまで騒ぎすぎて、翌朝宿の主人に怒られたのはちょっとしたエピソードである。


(08.10.14)



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