豊かな土壌と気候に恵まれたフロージスの町は、常に澄んだ水が流れる水路に囲まれていた。 その為、農作物に最適な土地とされ、朝早くから夕方に掛けて近隣の農家達が食材を持ち寄って市場を開くのである。
そんなフロージスの商人・農民達が地域活性化の為、有力なクランの協力を得てアピールイベントを開催することになった。それが今、中央広場に設置されているステージだ。 ステージの上には大きめのキッチンとフロージスの特産品を始め、美しい田園風景で有名なカモアのTK農場やちょっと怪しいゼドリーファームからの農作物が設置されていた。
道行く人々は何か催しものがあるのだろうと、次々にステージの前に腰を下ろし始め、その中にも我らがガリークランの姿も見受けられた。
楽しい事大好きなルッソはシドのマントを引っ張りつつ、キッチンステージを指した。
「ねぇ、シド。あれ見ていっていい?」
「構わねぇが、人だかりになってるから迷子になるンじゃねぇぞ」
「大丈夫だよ、そんな子供じゃないし。…それよりさぁ、フリメルダの姿が見えないんだけど」
シドはそれを聞いて周りを見渡すが、それらしき姿はない。
見てこようか、と言うルッソに対してすれ違うといけないと思い、シドは催しものが終わっても来なければ探しにいこうと促した。
「それにしても、何やるのかな?キッチンがあるからお料理対決かな?」
「…にしてはキッチンが1つしかねぇだろ?農作物の試食即売会とかじゃねぇか?」
「あ、見てシド。誰か出てきた。あれは確か…」
ざわついていた会場は、中央のキッチンに人が現れると静まった。
そこに居たのはガリークランも何度か見たバンガの顔。
「あ〜。待たせたな、みんな!これからフロージスの特産品やあまり知られていない食材を使って、新しく考案したメニューを紹介していくぜ。このイベントのスポンサーはグルメハント団とご存知、毒味集団『鉄の胃袋』だ!」
おぉ〜!
食にうるさいフロージスの面々は、珍しい食材の紹介と知って大喜びで歓声を上げた。
「ほら、トロメルさんだよ。見習い昇格してさっそくお仕事頑張ってるみたいだね」
「…トロメルはいいが、隣にいるあの人はなんであんなトコに居るンだ?」
ルッソは少し呆れたシドの視線を辿ると、そこにはフリルのエプロンを身に付けたフリメルダの姿があった。
「えっと、急遽助手をさせていただくことになりましたフリメルダです。みなさん、宜しく」
おぉ〜っ!!
ペコリと頭を下げたフリメルダの姿を見て、観衆からは先程より大きな声が上がった。とくに男性陣の。
「…なんだ、剣聖さん。俺は助手なんて聞いてないぜ?」
「すみません、トロメルさん。なんだか注目度を上げたいとかで、あなたの上司の方からちょっと出て貰えないかと頼まれて…」
「なんだそうか…。俺一人でも充分注目される自信があったんだがな。まぁ、こうなったらちゃんと手伝って貰うぜ」
「わかりました!しっかり頑張ります」
グっと握り拳を作るフリメルダを見て、ステージ前に居た1人のシークが「可愛いなぁ〜」と呟いた。
トロメルはキッチン下に用意していた篭をテーブル上に置いた。中にはキャピトゥーンが2匹入っている。
篭のフタを外すと、トロメルはキャピトゥーンを引っ張りだしてフリメルダに手渡した。
「うふふ。キャピトゥーン可愛いですね!」
フリメルダは腕の中でキュ〜と鳴くキャピトゥーンのふわふわで暖かい毛を撫でた。
トロメルが側にあった音声拡張器を手に取り、解説を始めた。
「え〜、ではこれからキャピトゥーンを使った前菜を紹介していく!」
「そ、そんな!こんなに可愛いのにお料理に使ってしまうんですかっ!?」
思わず叫んだフリメルダはキャピトゥーンをギュウと抱きしめた。
何か嫌な予感を察したキャピトゥーンも、じたばたと藻掻いている。
その様子を見たトロメルは、ジッとフリメルダを睨んだ。
「…しっかり助手やるんじゃなかったのか?」
「そう…ですね。私達が生きていく為には仕方が無いんですよね」
ドキュメンタリー番組宜しく少し蒼白になったフリメルダは、うるうるしているキャピトゥーンの瞳をじっと見つめた。
外野からはその様子を見ていたフリメルダファンからのブーイングの嵐だった。とくに男性陣の。
「ゴルァ!トロメルッ!!何、フリメルダちゃん虐めてんだ!」
「悲しませちゃ可哀相だろーが!!」
外野の勢いに圧倒されて引きぎみのトロメルを余所に、フリメルダは包丁を二刀流で持ち、まな板上でぴょんぴょん飛び跳ねるキャピトゥーンを見据えながらその手は震えていた。
「い、いきます!ごめんなさいっ」
目をつぶって包丁を振り降ろしたフリメルダ…いわば『くらやみ』と同じ状態だったので、キャピトゥーンは運良く包丁から逃れることができた。キャピトゥーンは、だ。
剣聖の二刀流をモロに食らったまな板は、キッチンごと半壊状態にされてしまったのだ。
「まぁ…。そんなに力を入れたつもりはなかったんですけど」
困った顔でこちらを向いたフリメルダに、トロメルは腰が抜けてその場に立てずにいた。
「ま、待て!とりあえず、それよりこっちに来ないでくれ!
俺が悪かったから、包丁を下に置いてくれっ!」
フリメルダはトロメルにダブル包丁を向けた形で、いわばトンベリポーズ状態になっている自分に気が付き、そっと半壊キッチンに包丁を仕舞い込んだ。
「…失礼しました。あの、お料理はどうします?」
「キッチンも壊れちまったし、今日のところはお開きだな…。
クソッ!終わったら怒られそうだぞ、こりゃ」
トロメルは壊れたキッチンとその周りを飛び回る2匹のキャピトゥーンを眺めながら、しかめっ面で頭を掻いた。
*
イベント日、2日目。
昨日のドタバタ劇のせいで人出が無くなるんじゃないか、と思っていた市場だが、前日より増して盛況で、イベントステージの周りには早くから人の列が出来ていた。
人気の剣聖が現れたという噂と、イベント初日が失敗に終わったことに責任を感じたシドを筆頭にガリークランのメンバーがフロージス中を宣伝してまわった効果だ。
今日、始まる前にトロメルはスタッフと打ち合わせをして、本日も別に助手がいる、との説明を受けた。
「なんだ、剣聖さんじゃねぇのか?あれはあれで隣に美人を従えてるって感じで良かったんだがな」
トロメルは腕組みしてスタッフルームで紹介される助手を待った。
小さいノックの後、部屋の扉を開けたのは…。
「やっほ〜。トロメル、お久しぶり」
「なんだ、アデルじゃねぇか。同じガリークランなら剣聖さんの方が人を呼べるだろうに」
「失礼ね、こんな美少女を差し置いて!これでも昨日のことに責任感じて出てきたのよ?
大丈夫よ。あたしの方がたぶん器用だし、役に立つわ」
「はぁ、こんなガキが相手か。まともに料理ができれば何でもいいがな」
トロメルのセリフに馬鹿にされたと感じたアデルがハイロゥをブチかまそうとしたところを、その後ろにいたスタッフが必死に止めていた。始める前にステージが壊されては元も子もないのだ。
成功するにせよ、しないにせよ、トロメルは後に絞られることになりそうだ。
イベントが始まると意外な観客の量に驚いたトロメルだったが、何も起こらないうちに終わらせたかったので、さっさと進行することにした。
「みんな、昨日は期待を裏切って悪かったな!今日はクサ味を活かしたモルボル料理を紹介するぜ」
奥からウネウネと4匹のモルボルが登場した。
それを見たアデルは速攻ハンカチを取り出し、鼻を押さえた。
「ちょっとトロメル、何であたしの時にモルボルなのよ!」
「文句言わずにちゃんと手伝う事!責任感じてるんだろ?」
アデルはムスっとしてモルボルが逃げ出さないように見張っている。よく見れば、最前列の観客は皆、鼻を押さえている。立ち去らないのは、やはり興味の方が先行するからだろう。
トロメルは大きな鍋を取り出し、鍋のフチいっぱいに水を入れた。
「まずはアク抜きする為に鍋でこうやって30分程煮込むんだ。普段はそうして欲しいんだが今回は時間が無い為、事前に煮込んでおいたものを用意しておいた」
トロメルはそう言ってヨイショ、とキッチンの下から煮込み済みの鍋を取り出した。
その様子を見たアデルがジト目で腕組みをする。
「それって料理番組でよく使う手ね。で、この煮込み前のモルボル4匹を連れてくる意味あったワケ?」
「いちいち突っ込むな。さ、この煮込み済みモルボルを調理しやすいように切り分けてくれよ?」
「うえぇぇ〜」
アク抜きしてもでんで臭いが抜けていないモルボルに、アデルは顔を顰めた。
すぐ側に置いてあった皿にそれを置こうと思ったところ、その皿にあったマークにアデルは目を見開いた。
「ちょ、ちょっと!これって『アンニ・サリエ』のマークじゃない?
すっごく可愛い!食器まで取扱い始めたのかしら?」
「同じフロージスで職を構える者として、町興しに『アンニ・サリエ』も協力してくれたんだ。
普段は扱ってねぇと思うがな」
トロメルの言葉にアデルの瞳がキラリと輝いた。
「モルボルのゲテモノ料理並べるのに使うなんて勿体ないわよ。ここはあたしが貰って大事に使…」
「真面目に働いてくれねぇならギャラ出さねぇぞ、アデル」
「何でもお仕事言って頂戴、トロメルさん!」
調子のいいアデルに呆れているトロメルの側で、何かが動いた。
最初に連れてきた4匹のモルボルを抑えていた縄がほどけていて、観客席で臭い息を放ったのだ。
もはぁっと広がる異様な臭いに、人に囲まれて逃げ場がなかった観客は次々とステータス異常を起こした。
「…!いけねぇ!」
気付いたときには半分パニックになっていて、イベントどころではなくなっていた。
舞台裏で様子を見ていたガリークランも、急いで回復アイテムを持って観客席まで駆けつけた。
トロメルと共に観客の看護をしていたアデルが叫んだ。
「トロメル、あんたビショップなんだから、臭い息もエアロで吹き飛ばせば良かったのよ!」
「バカ!それじゃ観客がダメージ食らっちまうだろ!?いいから早くエスナ唱えてくれ!」
かくして本日も新料理の紹介は失敗に終わったのであった。
*
イベント日、3日目。
今日はガリークランに依頼があり、今朝がたフロージスを出発してしまったので、彼等の助力は期待できない。
というよりトロメルは助手無しでも構わないと思っていたので、特に気にしていなかった。
むしろ、ひとりの方が上手くいくような気がする。
そう思いながら本番待ちしていたトロメルの元に、またも助手が付くという報告があった。
「しかもそいつは遅刻してるって?別に居なくてもいいんだが…」
その助手とやらが目立ちたがりのようで、ぜひこの舞台で協力したいと言ってきたのだそうだ。
トロメルとしても本当にちゃんと手伝ってくれるのなら助かると思い、承諾した。
今日のテーマはイエローゼリーのデザートだし、大したことにもならないだろうと判断したのだ。
そうこうしている内に本番の時間になり、助手は時間に間に合わなかった。
「しょうがねぇな。とりあえずひとりでやってるか。
…それにしても、よくこんなグダグダな中で客は観に来てくれるよな。有り難いけどよ」
今日もキッチンステージは客で賑わっている。昨日、ステータス異常に掛かってしまい大変な思いをした客の顔も見える。余程の物好きだろうか。
なんだかんだ言って今日は最終日だ。今日こそ成功させようとトロメルは両手で顔をバンっと叩き、気合いを入れてステージに出ていった。キッチンの前に立って話し始めようとしたその時。
キッチンの後ろからステージにバタバタと駆け込んでくる者がいた。
「ごめん、ごめん!遅くなっちゃったわ!」
「な、なんだ!?お前が今日の助手かよ!」
遅刻の理由は化粧に時間が掛かり過ぎたんじゃなかろうか。
トロメルの頭にそのセリフが浮かんだ相手は、バシっとキメたスーツにじゃらじゃらと派手なアクセサリーを身に付けてトレードマークのサングラスを掛けたバンガ。といえば、この人しかいまい。
「はぁい!トロメル。今日のアナタのお相手は今、絶好調の組織デュアルホーンの夜舞のセレブよぉ。
みんな、デュアルホーンを宜しく!」
「コラ、クランの宣伝兼ねてかよ!」
勢いに押されて拍手を贈る観客に投げキッスをするセレブにトロメルはツッコミを入れた。
「ていうか、こういうとき助手は見栄えの良い可愛い女の子と相場は決まってるだろ?」
「アラ、これでも見栄えの良い華だと自認してるんだけど?」
「オカマじゃねぇか!しかもバンガ!この俺もバンガなんだぞ!?
こんなバンガ・バンガしたむさ苦しい舞台観て、誰が楽しい…ん、だ…」
トロメルは自分で自分をむさ苦しいといってちょっとしょげたようだ。セレブは語尾が詰まってしまったトロメルの肩にポンと手を置いた。一応、慰めてくれているつもりらしい。ステージ前に居たバンガの観客が数人、涙ぐんでいた。
「どうせなら他の四天王…アリスを呼べばよかったじゃないか」
「一応、声掛けてみたんだけど、『私はバラエティーショー向きではない』って一喝されちゃったのよ」
「バラエティーショーって何だ!俺は真面目に料理紹介してんだぞ!」
「はいはい、細かいコト気にしないの。で、今日はどんなお料理をするの?」
「…は!そうだ。みんな!今日はイエローゼリーのデザートを紹介するぜ!」
意外と立ち直りの早いトロメルは、キッチン横の麻袋から3体のイエローゼリーを取り出した。
…筈だったのだが。
「…今日もフロージスは暑かったもの。仕方ないわね」
再びポン、と肩を叩かれるトロメル。そう、イエローゼリーは暑さと麻袋に圧縮されていたせいで、グニャグニャになっていて、食材としては使えそうになかった。
「なんでこう、上手くいかないんだ…」
「大丈夫、こういうときこそ助手であるアタシがフォローしてあげるから」
セレブはおもむろに音声拡張器を手にしてステージの中央に立ったと思うと、スーツの内ポケットからどこに入ってた、というくらいの飴を取り出して、観客に向かって投げだした。
「みんなゴメ〜ン!食材は傷んじゃってダメだったの。アタシ特製『デュアルホーンキャンディ』あげちゃうから許・し・て・ネ!」
何もフォローにもなっていないようだが、セレブの独特の勢いに押されて、観客達はこぞってキャンディーを取り漁った。そんな観客の中で、一郭だけ浮いている場所があった。わいわい騒いでいる周りには感化されず、じっと静かに無表情でステージ上を見ている。デュアルホーン四天王のマクイスとアリスだった。その妙な雰囲気に気付いたトロメルはおそるおそるセレブに声掛けた。
「お、おい。他の四天王、来てるじゃないか!こんなふざけた事してるから怒ってんじゃないか?」
「アラ、マクイスとアリスじゃない。あの2人はお堅くて、こういうお祭り事でもあんな感じなのよ」
セレブが気が付いたのが分かったマクイスは、こちらに来い、とセレブに手招きしていた。
トロメルはセレブが怒られるんじゃないかと思ってハラハラしたが、2人で何か話してきたかと思うとすぐにセレブは戻ってきた。
「何だったんだ?やっぱ厳重注意か?」
「いいえ。あれでもちゃんと楽しんでるみたいよ?
『飴もこの気温じゃ溶けやすいから、スーツに仕込むのは止めておけ』だって」
「それでいいんかい!あんたら組織の幹部っぽくないな!」
殆どステージ上はお料理紹介どころじゃ無くなり、せっかくのフロージス農作物も活用できていないのに、客は誰もヤジを飛ばしてこない。トロメルはここ数日を振り返ってずっと疑問に思っていたので、近くにいる観客に聞いてみた。
「なぁ、なんで毎日こんな状態なのに観に来てくれるんだ?」
「え?別にあんたらの様子見てると面白いし、こっちは楽しければ何でもいいぜ?」
実際、市場は客足が増え、農作物を含む特産品は売れ行き上々だった。
「フロージスの連中からは苦情は来ないとしても、『鉄の胃袋』からは締め出されるんじゃないだろうか…」
また見習いに戻されても仕方がない、そう思っていたトロメルだったが、後日『鉄の胃袋』にはあの面白いバンガは何者だ、やら紹介される筈だったレシピの内容が気になった人からの問い合わせが殺到しており、結果的に宣伝になったのでお咎めなし、ということになった。
その後、トロメルは月一程度にフロージス行われるトークショーに呼ばれるようになったのだが、『鉄の胃袋』としての仕事をやっていきたい彼としては、いささか複雑な心境なのだそうだ。
(08.8.20)