いたずら

俺は波の音とウミネコの鳴き声に誘われるように目を覚ました。 窓から差し込む日差しは強い。思ったより寝坊しちまったか。
俺は日の光を片手で遮るとゆっくりと身を起こした。 なかなかベッドから動き出せないのは、朝のけだるさからくるものだけじゃない。 今日は不本意ながらもどうしても外せない行事が待っていた。

身を起こして隣を見ると、何時の間にか任務から帰ってきていたらしいイルーアが眠っていた。 寝ている俺のベッドの中に勝手に入ってきたらしい。…逆をすればこっちが怒られるンだがなぁ。 できればこのままにしておいてやりたいが、そういう訳にはいかなかった。
俺は暫くイルーアの寝顔に魅入っていたが、気を取り直してその身体を軽く揺さぶった。

「イルーア、起きてくれ。今日は朝から行事が入っているぜ」

彼女はそれでも寝息を立てるだけで、それ以上の反応は無かった。 仕方がねぇ、俺がイルーアの分まで出掛ける準備をしておいてやればいいか。

俺はベッドからのそのそ這い出ると身支度を整え、必要な資料を揃えた。 ふとサイドテーブルを見遣ると、同じような資料が揃って置いてあった。
…意外にもイルーアのやつ、眠る前に用意しておいたのか? いや、違うな。資料にところどころ注釈があり、こまごまとした指示がある。 見覚えのあるその字はユエンのものだ。コキ使われてンなぁ、アイツ…。

思わず苦笑してイルーアをみると、彼女は「う…ん」と寝言を言いながら、その手がベッドの俺が居たあたりをまさぐっていた。自分の温もりを求められていると思うと、胸の奥にズクリと甘い疼きが伴う。
その姿を見るとつい愛おしくなり、彼女の上から覆い被さり、毛布ごとぎゅっと抱きしめた。

「…シド、重いわ」
「さっさと起きないおまえが悪い」

反撃を受けないところを見ると、さほど機嫌が悪いわけではないらしい。

「今日はゆっくりできるんじゃなかったの?」
「先週、言っておいただろ?今日はお偉いさんからの通達があるから朝から出掛ける、と」
「あなた、行ってきてくれない?」
「そうしてやりたいが任務でもない限り、全員出席だ。また目を付けられたくねぇだろ?」
「…耳元で囁かないで」

イルーアは少しくすぐったそうにすると、ゴソゴソと起きあがり着替え始めた。 彼女は行動しだすと早い。いつ、何があっても対応できるようにすぐに目が覚め普段通りに身体が動く。 流石、と言いたいところだが、それまでそうしなければ生きていけなかった彼女の境遇を思うと胸が痛む。
ものの10分程で用意をすると、「行くわよ」とこちらも見ずにさっさと部屋を出ていった。

指定された屋敷を訪れると、ここいらを担当しているであろうカミュジャの幹部が集まっていた。 見たことがある顔や、そうでないヤツもいる。 幹部の中でも組織が他の者に知られては困るような存在は、この場に呼ばれることはない。 ここではお互い詮索することはタブーとなっている。
必要な情報を得、理解し、持ち帰ること。ただ、それだけの為に集まる。 その為か、その場にいる人数の割には室内はひっそりと静まり返っていた。

睡眠時間が短かったイルーアはさぞ不機嫌だろうと様子を窺ったが、そんな雰囲気は微塵も見せない。 人前でそれを見破られるのは三流、イルーアを包むオーラは幹部の貫禄を放っていた。 そういえば、彼女は部下の前でもあまり表情を変えることはない。 それらを見せさせているのが自分だけかと思うと頬が緩む。

そうこうしている内に件のお偉いさんが来られたらしい。
何故らしい、のか。それは相手がブラインド越しでうっすらとシルエットしか見えないからだ。 かなり滑稽に見えるンだが、よっぽどカミュジャの上層部でない限りその姿を見ることは無い。 おそらく、要人暗殺を恐れての事だろうがな。

で、肝心の「お話」だがこれもありきたりの話題で、最近のユトランドの状況やら組織の誰でも分かるような情報を一方的に語られるだけ。まだ一般の会社の朝礼の方が意義があるってモンだ。
こいつの目的はただ、幹部共のツラを見て日頃の鍛練をこなしているか状態を調べたり、組織の命令に従うかやらそういった判断をする為に行っているのだろう。

月に1度あるかないかの行事だが、品定めされるこっちは毎度うんざりで、つまらン話に欠伸が出ないように堪えるのにひと苦労する。まぁ、他のヤツラも状況は一緒だし文句は言えンがな。
周りのヤツラは眉ひとつ動かさず、正面を見据えて話しに聞き入っている…ように見える。

俺もイルーアの居る手前、不躾な態度を取る訳にはいかねぇ。ここは我慢だな。 涼しい顔で正面を見ているイルーアを見遣る。 おそらくあいつも話は右の耳から入って、左に抜けてる筈だ。
この後はあいつと一緒に散歩にでも誘ってみるかな…。 イルーアの事を考えていられるなら、つまらン「朝礼」の時間も楽しく過ごせそうだ。

気を取り直して正面を向くと、ふいに隣のイルーアの手が俺の腕に触れた。
…何かあったのか?
そう思い彼女の方を見たが、その表情からは何も読み取れなかった。 俺は何かあるなら言ってくるだろ、と思い再度正面に向き直った。

暫くすると前に人が大勢立っていて影になっているのをいいことに、イルーアは人から見えないところでその手で俺の身体を這うように撫で回し始めた。
俺の額にイヤ〜な汗が流れた。チラリと横目でイルーアを見ると、その目が笑っている。
ワザとだ、コイツ!暇を持て余して俺で遊び始めやがったな!
俺が気付いたのに満足したのか、イルーアは俺の敏感な弱いところをくすぐったり撫でたりしてきた。 勘弁してくれよ…。「朝礼」が終わるまでは暴れたり声を上げたりできねぇってのに!

(…イルーア!今は駄目だっ)

イルーアにだけ聞こえるように囁いたが、完全に無視。むしろ、相手を煽るだけになってしまった。 かくして俺は話が終わるまで、耐えながら百面相をする羽目になっちまった。
クソッ!覚えてろよ、この女〜。後で倍返しにしてやるー!!


「よぉ、シド!今日はどうしたんだ。話の間に屁でも我慢していたか?」

あの後ヘラヘラ笑いながら話し掛けてきたのは、同期の顔見知りだ。 俺達の近くで様子を見ていたらしい。
…最悪だぜ、もう。 俺は男の言葉を無視して、イルーアの腕を多少強引に引っ張って屋敷の外へ出た。

「イルーア、おまえなぁ!ちょっと時と場所を考えろよ!」
「そうね。でも良かったでしょ?」

しれっと答えるイルーアに全身脱力しちまった。あぁ、もういいよ。

「…もういい。さっさとアジトへ帰ろうぜ」
「せっかく早起きして外出してきたのよ?『ガトーカルディ』でお茶していきましょう」

『ガトーカルディ』はシフォンケーキやらが置いてある、若いお姉ちゃん等がよく出入りする店だ。 ああいう店は俺みたいなムサイ男が入るのはちょっと恥ずかしいんだが…。
ひょっとするとコレもイルーアの計算の内なンだろうか。 やんわり微笑むイルーアに手を引かれて連れて行かれると、どうにも断れねぇ。

まぁ、俺もこの後イルーアと出歩きてぇと思っていたし、構わねぇか。 結局のところ俺は頭を掻きつつ、イルーアの後に付いていく羽目になる。
これはいつものパターンだ…。


あぁ、本当に男って惚れた女には弱いよなぁ。


(08.5.26)



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