ブリドラ日記 2

■目に見えぬ壁

シャンメルは普段はモーラベルラ郊外の学校に通っています。 学校が終わると彼女はすぐ帰ってくるのですが、今日はなかなか帰って来なかったので、ちょっとこっそり見に行くことにしました。学校が何をするところなのか、興味があったんです。

学校は同じような小部屋がいくつかあり、その中で生徒達が黒板の方を向いて何やら物書きをしていました。 ああしてみんな勉強しているのでしょうね。 私は生徒に驚かれないよう、窓の端っこから少し頭を出して覗いていました。 ちょうどこの白い身体と、前まであった長い角が無くなったことにより、目立たなくてすみました。

私はシャンメルの様子が見たくて、彼女の匂いを追いながら学校内をフラフラしていました。 しかし、どうも様子がおかしいのです。匂いを追ううちに、どんどん校舎から離れていくではありませんか。

とうとう学校の外に出てしまったのですが、当のシャンメルは学校横の空き地に彼女の友達数人と思われるヒト達の一緒にいました。
…これっていわゆるサボリ、というやつでしょうか? まぁ、サボっていたとしても私にどうこうする権利は無いのですが。

気になったので、こっそり様子を伺う事にしました。 塀越しに聞いていたのですが、どうやら内容は私のことのようです。

「こんなところに呼び出して、何の用かしら?」
「なぁ、シャンメル。あのドラゴンから取った角、くれないかなぁ?」
「あの子の角は取って下さったクランに差し上げたわ」
「ちぇ、な〜んだ。じゃあさ、鱗くれよ、ウロコ」
「欲しければ、ブリドラに直接頼んでみたら?」
「あんな危険なヤツに頼み事なんて出来ないよ! じゃあ、なんでもいいや。何か金目のモノくれよ。金持ちならなんてコトないだろ?」

無茶言いますね。働いてもいない子供がお金の本当の価値が分かっているんでしょうか? そもそも金持ちならモノをくれると思っているところから、この子は間違った概念を持っていますよね。

「どうしてあなたにモノをあげなければならないの?」
「くれないなら、父ちゃんに言ってまたドラゴンを追い出すようにお前の親父に詰め寄ってやるぞ」

あらら。あのときの男の子供ですか。親が親なら子も子ですね。
…シャンメルはこの事でいじめられてるんでしょうか? どちらにしても私の事でそうなったのならば、こっちも無関心ではいられないですね。 私は塀の上に登り、いじめっこに睨みを効かせて唸ってみせました。

「…ブリドラ?」
「うわっ!ドラゴンだ!逃げろっ!」

慌てて走って逃げる子供を見送ると、私は鼻っつらをシャンメルの頬に擦りつけました。

「気を遣わせてしまったわね、ブリドラ。…少し一緒に話しをしましょうか」

私の鼻を撫でてくれたシャンメルは、私の少し先を歩いて一緒に学校から離れた公園に向かいました。 シャンメルと芝生の上に座り、噴水の水が夕焼けの光にキラキラと反射する様を眺めていました。

「ねぇ、ブリドラ。あなたから人間達のやり取りを見ていてどう思う? 人ではないからこそ、一歩離れた視線でモノを見ることができるんじゃなくて?」

どうでしょうか。私はこの町に来て間もないですし、人の世界の事も一握りの事しか分かりませんので何とも。…ですが、シャンメルがこの町に居て憂いていることくらいは分かりますけど。

「先程の事だけど…。別にあなたのせいで虐められていた訳ではないわ。私が皆に言われもない事で責められるのはいつもの事なの。私の家が皆に無い財力や権力を持っているから…。他の子達は私との違いを不公平だと思っているのよ」

それは、シャンメルが自ら求めたものではない…。人は身分が違うと分かり合えないのでしょうか。

「さっきの子…。うらやましいわ。あの子の父親は何かがあれば、話を聞いてくれるのね。 私の父上はお仕事の事ばかり。ここ数年、私と家族の会話なんてまともになかったわ。いつも…ひとりぼっち。私は何でも持っていると思われているけど、本当に欲しいものには手が届かないのよ…!」

子供が当然貰えるはずの幸福がシャンメルには得られなかった。 どうしてシャンメルがこんな寂しい思いをしなければならないのでしょうか。 誰かがその話しを聞いて、宥めてあげて、そっと抱きしめてあげるだけで彼女は満足するだろうに。

一一一誰か。誰か、シャンメルを助けてあげなければ、彼女は寂しさで消えて無くなってしまいそうです。 誰か…!!

「ブリドラ…。私、ヒースカリス家になど生まれてこなければ良かったわ」

■獲物にされる

黒冬の月になるとヒースカリス家は毎年親戚の家に行くらしく、今年も例にもれずシャンメルは両親と出掛ける準備をしていました。私はというと、当然邪魔になりますから、大人しく留守番となります。…まぁ、行ったところで怖がられるだけでしょうけど。

「ブリドラ、ひとりにして御免なさいね。家の中だけじゃ狭いと思うけど、町の人が怯えるから外に出ては駄目よ?」

私は了解の意味を込めて、彼女に頬ずりしました。別にじっとしていることはそれ程苦ではないので、特に問題は無いんですけどね。こんな時くらいは親子3人で仲良く過ごしてくれればよいのですが。

親子が去っていった後、私はシャンメルの部屋で眠ろうと横になっていました。 すると気が付けば、シャンメルの父親がこっそり部屋を覗いているではありませんか。 私はきっと忘れ物でもしたのだろうと、彼が部屋に入りやすいように寝たフリをすることにしました。 するとどうでしょう。彼は私の首に首輪を付けようとするのです。私は彼の意図を知る為、されるままがままになってみました。

「…これなら多少暴れても大丈夫だろ」

彼は首輪から伸びたチェーンを柱に括り付けると、部屋を出ていきました。 犬じゃあるまいし、首輪くらいじゃモンスターを抑えられないんですけどね。 まぁその辺の認知の甘さは、普段モンスターを関わらない人間には分からないのでしょう。 暫くすると、シャンメルの父親は誰か客人を連れて戻ってきました。

「どうでしょう?このドラゴンを使っていただきたいのですが」
「なかなか珍しいタイプのナーガラージャですね。闇のゲームを盛り上げるにはうってつけかもしれません。ヒヒヒ…」
「ところで…あの話は受けて戴けるのでしょうか?」
「ゲームで使用した後の獲物の始末でしたね。ワタクシめも、貰えるものさえ戴ければ引き受けさせてもらいますよ?」
「娘がこのドラゴンが家にきてからというもの、さらに引き籠もりがちになりましてね!ドラゴンの何がいいか私にはわかりませんが、娘に悪影響を与え、しかもこの町の住人に恐れられ、何も良いこと無しなんですよ」
「了解しました。しかし、哀れなナーガラージャですねぇ。人間の道楽でペットにされ、飽きられると玩具のように捨てられるのですから…ヒヒヒ。…いや、失言でした」

おまえら頭からカジったろかいっ! いやいや、彼がシャンメルの父親でなければ、そうしているところでした。
それにしても…シャンメルが孤立してしまったのは、私のせい? 両親や友達と上手くいかなくて悩んでいるのかと思っていましたが、私の存在が影響しているのでしょうか。 もし…もしそうならば、私はシャンメルの側にいるわけにはいかない。

私は自分が考える時間が欲しかったのと、シャンメルとの間に距離を取ろうと思い、取りあえず闇のゲーム組織でもあるブロンクライスに従うフリをすることにしました。 何より私が大人しく従わないと、またシャンメルに苦労掛けさせてしまうでしょうから。

■紫冬の月、それから

シャンメルに別れも告げず家を出てから、もう1年近く経とうとしています。 私はあれからシャンメルの事を忘れた事はありません。彼女は元気にしているでしょうか。 彼女とは少しの間一緒に居ただけでしたが、こうして離れている間も彼女への想いはどんどん募っていきます。おそらくこれだけ離れていれば、もう忘れ去られているでしょうね。
ドラゴンの私がヴィエラの少女にこんな感情も持つなどと、想像もできませんでした。 …彼女の為にも側を離れる事にして正解だったのでしょう。

彼女と別れて1年ということは、裏ゲームの期日もそろそろです。来月には私はブロンクライスに処分されることになっている筈…。さて、どうしましょうか。
この1年、私に付いたタグを採ろうと様々なクランが現れました。…その中にヴィエラがいると、シャンメルに似た娘がいないか、つい目で追ってしまうんですよね。

自分の中のどこかで、シャンメルが会いに来てくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてるんです。 シャンメルの両親は私がゲームの獲物にされていることを話していないでしょうから、彼女は私が家から逃げ出した、くらいにしか思っていないでしょうね。

…おっと、また私を狙いに来たクランが。見覚えがあると思ったら、いつぞやのガリークランですね。

「シド。あれって例のお嬢様のドラゴンじゃなかったっけ?」
「あぁ、そうだ。色に特徴があるから忘れられねぇな」
「なんでこんなトコで獲物にされてるんだ!?お嬢様、大事に飼うって言ってたのに」
「わからねぇ。何か事情があるンだろ?ルッソ、取りあえず依頼通りにタグを取りにいくぞ!」

このままドラゴンの仲間のところに戻っても、シャンメルの事が忘れられずに元の生活ができるとは思えません。ならばいっそ、ここで彼らに狩られようか…。

「みなさん、待ってくださいっ!」

もう聞く事は無いと思っていたその声。私が聞き間違える筈がありませんでした。

「あ、シャンメルお嬢様じゃん!…どうしたの、そのカッコ」

その言葉に振り返るとシャンメルは息を切らし、ボロボロの姿で私を見つめていました。 彼女に何があったのでしょうか。あれからきっと幸せに暮らしていると思っていたのに一一一。

「ブリドラ…。私あなたがヒースカリス家に愛想を尽かせて出ていってしまったものと思っていたけど…。 お父様が邪魔者扱いして追い出したのね。私、何も知らなかった…。 なのにあなたは私の為にこの危険なゲームに出てくれた。 私の事を誰より想ってくれたのはあなただったのに…!!本当にご免なさい!」

あなたが私の事で悩む必要なんてない。ただ私を忘れないでいてくれていただけでも十分なのに。 そんな姿になってまで、こうして私を探しに来てくれたじゃありませんか。 私は自分の胴に両手を伸ばして必死にしがみついてくる彼女が、ただただ愛おしく思いました。

そんな私達の様子を見て、ガリークランの方々は剣をしまい、見守っていてくれました。 少し落ち着いたシャンメルが彼等に向かって頭を下げました。

「みなさん、私はヒースカリス家の名を捨て、これからはブリドラと共に生きていきます」
「お嬢様、今迄いろいろあったみたいだけれど、信頼できる奴ができて良かったじゃん!」
「えぇ、本当に。みなさんにはご迷惑お掛けしました」
「今更、だな。何かあったら声掛けろよ、出来る事はしてやるからな!」

私は笑顔で手を振るガリークランの面々に心暖まりました。
旅先で知り合っただけの依頼人に無償の恩情を与えてくれたガリークラン。
そして同じ地に住まう者同士にも関わらず、私やシャンメルを追い詰めたモーラベルラの人々。
どちらも同じ人間なれど人は一人一人考えも違い、私が生きていくには厳しい世でした。 ですが、そう捨てた世界でもありませんでした。私にとって最愛の人間を見つけたのだから。

私はシャンメルと共にザナン廃坑を出ると、思いっきり深呼吸をしました。 この1年、溜まっていた蟠りを全身から吐き出すように。 地上の暖かい風がそれらを全て運んで行ってくれる、そう感じました。
シャンメルを見遣ると、屈託のない笑顔で返してくれました。 彼女のこんな笑顔を見るのは初めてかもしれない。 これから彼女と共に生きていくのなら、今のようにもっといろんな表情が見ることが出来、また一つ一つ新鮮な気分になるのでしょう。

ヴィエラ族の寿命はヒュムの3倍と聞きます。約250年程でしょうか。 ならば、その時間を共に歩みましょう。 私はなにも『ヒトとドラゴンを繋ぐ橋になりたい』だなんて考えている訳ではありません。 ただ、自分の信頼できる相手がたまたまヒトであっただけ。

「ブリドラ、これからどこへ行きましょうか?」

あなたと生きられる場所を求めて行きましょう。
こうして、私と彼女の長い長い旅が始まったのです一一一。


(08.5.4)



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