poison

――今日は少し波が荒いな。
窓から海の様子を探るが夜の闇と降り続く雨でよく見えない。 風の音と波の音で外の様子を探るしかなかった。 今日、アイツは少し遠出してるンだが、無事にいるだろうか。 本来は心配するまでも無いのだろうし、アイツもそう思われるのをうっとおしがる。

俺は思考するのを止めてベッドの上に座り、窓の外を何気なく見ていた。 灯台の光が時折顔を照らし、それが自分の中の揺れる気持ちを煽るようでイライラした。

唐突にバタンと勢い良く扉が開く音がする。アイツが帰って来たんだ。ホラ思った通りだ。真直ぐにこの部屋にやってくる。

カチャリ。
部屋に入ってきたアイツは俺の存在に気付いているクセに無視をする。これはいつものことだ。 ポタポタと青い髪から流れる雨水を側に掛けてあったタオルで拭き取り、 身に付けていた防具と共に椅子に引っ掛けた。

「よぉ、おかえりイルーア」
「あら、シドまだ起きてたの? 独り寝は寂しかった?」
「よく言うぜ」

さも今気付いたかのように振るまい、俺の側に来たかと思うと膝の上に座る。 二人分の体重がのし掛かかり、古い安物のベッドがギシリと音を立てる。

「おい、俺は椅子か?」
「椅子には防具を置いてしまったもの。こっちの方が丁度いい背もたれがあっていいわ」

そういうと俺の腹筋を背もたれ替わりにしてきた。正直、悪く無い気分だが、 いいようにあしらわれっぱなしも癪に触るので、ちょっとからかってやる。

「なぁ、イルーア。こっち向けよ」
「今、部下の報告書を読んでいるところ。忙しいのよ、私」

そういうイルーアの手元の羊皮紙を見るとおそらくユエンが書いたであろう、 細かい字がビッシリと並んでいた。
おいおい、そういうものを他の幹部の前で晒しちゃいけねぇだろ?

「後にしとけよ」

イルーアの細い腰に腕を回してそっと抱き締める。雨に長時間打たれていたせいか、身体が冷たい。

「イルーア。おまえ、先にシャワーを浴びてきた方がいい。風邪を引くぞ」
「いいわ。あなたの方が暖かいし。暇なら肩でも揉んで頂戴」
「欲張りだな。マッサージ椅子をお望みか?」
「ただの椅子から昇格できて良かったじゃない」

そう言ってやっと振り向いたかと思うと、触れ合うだけの口付けをしてきた。 報告書にはもう興味をなくしたらしく、ポイ、と床に投げ捨てた。 こちらがああ言えばこういう。こういう女だよ、コイツは。
さらにキスを深めようと身を乗り出した俺をやんわりと押し返して言いやがった。

「ねぇ。その長い鼻。キスするのに邪魔だわ」
「コイツは元々だ。ヒュムだって高い鼻の方が格好いいンじゃねぇのか?」
「限度ってものがあるでしょ?やっぱり邪魔ね」

クスクス笑いながら、俺の鼻を摘む。

「ねぇ、知ってる? 確か童話か何かで嘘を吐く度に鼻が伸びる人形の話しがあったわ」
「へぇ。おまえ、そういう本も読むのか。意外だな」
「シドが無知なだけじゃない。馬鹿にしないで」
「その人形、最後にどうなるんだ?」
「さぁ。忘れたわね」

そう言いつつ俺の背中に手を回してきた。俺は反射的にゾクリと身震いしたが、 イルーアはそれに満足したらしく、ニヤリと口の端を上げた。

「なぁイルーア。…頼むからおまえ、背中に爪立てるなよ。以前、おまえの爪の毒で酷い目にあったんだからな!」
「あら。あのときの苦しむあなたの顔、セクシーだったわよ?素敵だったわ」
「…!!こっちは全然素敵じゃねぇんだよ!」

反省という言葉を知らないこの女を諌めてやろうと少し強めに抱き締める。 今回はどうやら大人しくしてくれるようだ。そっとその青い髪を梳いて形の良い耳を出してやる。 触れるとくすぐったそうにするその耳に顔を近付け、声には出さずに囁いてやった。


あ い し て る。


「シド、鼻が伸びるわよ?」
「うるせぇ、知ったことか」
「最後に人形がどうなったか、教えてあげましょうか?」
「なンだ?」
「頭が狂って壊れちゃったのよ!」

真夜中だってぇのに、ケラケラ高笑いしやがった。俺はただ無表情でソイツを眺めていた。 おそらく、俺は既にコイツと出会ったときに毒でアタマをやられちまってたンだと思う。 でなければ、この身体の奥からズンと痺れるような疼きは、自分がおかしくなったとしか考えられねぇ。

笑い疲れて目に涙を浮かべたイルーアの目尻を親指でグイっと拭ってやり、 油断したところで強く腕を引き寄せ、唇を強く吸ってやった。今度はイルーアも抵抗しなかった。

お互いこの関係が永く続かないことなど分かっている。
ただ、今俺の身を焦がすこの熱で彼女の冷えた身体を暖められれば、それでいい。


(07.12.19)



戻る