あれから1週間程経ったが、イルーアから何か反応があった訳でもなく、ただ淡々と任務を繰り返す日々を送っていた。
そんな中、ある指令がきた訳だが…。
「寄付?あのカームカンパニーが行っている募金活動のコトか?」
「そうです。その活動をあなた方にも行っていただきたいのですが…」
指令を言い渡しにきたのはいつぞやの竜騎士だ。
奴も申し訳ないとは言っているが、本心はどう思ってンだか。
「なんで俺等なンだ?カームカンパニーの平社員にやらせとけばいいだろ?
俺はとにかく、イルーアは絶対やらねぇぞ」
「あなたの姿なら珍しいから目立つ…という理由じゃないですか?」
「俺はカームカンパニーの着ぐるみマスコット扱いかよ!言っておくが、背中にチャックはねぇぞ!」
「それもありますが…。あなた方の忠誠心も見ようってことじゃないですかね」
「はぁ、ちゃんと命令に従うかってか?カミュジャとはいえ、用心深いこった」
これをイルーアが聞いたらどう言うか。
募金ツボの前で「お願いしま〜す♪」なんていう姿が想像できねぇ。
まぁ、俺が頼み込むしかねぇンだろうな。
「それじゃ、お願いします。そういえば…シド、イルーアとは上手くいってますか?」
「…どうかな。ご想像にお任せするぜ」
「今迄無事でいるということは、大丈夫なようですね」
「そりゃどういう意味だ!…取りあえず、できればこのままアイツと一緒にやっていくつもりだぜ?イルーアの方から変更願いが出れば別だけどな」
俺のカンだが、結構これでもイルーアに気に入られてンじゃないかと思うンだがなぁ。
俺の思い過ごしか?
*
「ということなンだがな…」
「そう。頑張ってね」
何の感情もない声でイルーアが告げた。
募金活動は俺達2人に命じられたことだが、イルーアは完全に俺1人に押しつける気マンマンらしい。
…想像出来たケドな。
俺達はカームカンパニー事務所にやってきていた。ここの人間が一部を除いてカミュジャとの繋がりを知らないので、俺達は募金で忙しい際に雇われる派遣だか何かで紹介された。事務所の2階に通されたが、結構いい扱いをしてもらった。一応世間では、慈善活動団体で通ってるからな。
イルーアといえば、2階の出窓の前でビロード貼りの椅子にゆったりと落ち着いて本を読んでいた。例のグリモアとかいう日記さ。…俺へのあてつけだろうか。 募金活動をする気はまったくないらしい。 仕方がない。とりあえず一定時間活動することがノルマになっているから、さっさと行って終わらせてこよう。
こうしてやってみると、けっこう募金していってくれる奴は多い。 今の世、そンなに贅沢できるご時世じゃないと思うンだが。 それだけ希少動物を大事に思ってるって連中が多いンだろうな。 そいつを考えると胸が痛む。
そんな事を考えていると、チビっこいモーグリの親子が通りかかった。
母親の手をグイグイ引っ張って子モーグリがこっちへやってくる。
その手にコインが握られているところをみると、募金ツボに入れてくれるらしい。
「こらこら、そんなに引っ張っちゃダメクポ」
「早くツボに入れたいクポ〜」
あれくらいの子供は募金をすることの意味より、ツボにお金を入れると褒められるという楽しみや、みんなが入れていると自分も入れたくなるとか、そういう勢いで考えるより先に行動に出るよな。可愛いモンだ。
子モーグリは頑張って手を伸ばすが、ツボの口に手が届かない。 うんうん言っている姿も可愛いンだが、そのままではさすがに可哀相なので、そのちっちゃい身体を持ち上げて、ツボの口の側まで持っていってやった。
一一一チャリン。
その音に子モーグリはとてもご満悦のようだった。
俺がそのフワフワの頭を撫でると、その動きに合わせて小さなポンポンが左右に揺れた。
「お金、入れてくれて有難うな、ボウズ」
「クポ〜。おじさんはとても大きいクポ。初めて見るけど、何という動物クポ?」
「ハハハッ!動物じゃねぇよ。レベガージ族っていうンだ。珍しいから知らなくても仕方ねぇな!」
「ふぅん。ツノがいっぱいで面白いクポ」
そういうと、子モーグリは俺のツノを小さい手でツンツンと突いた。
これがなんとも言えず、くすぐったい。
「また遊ぼうクポ〜!」
母モーグリに手を引かれてバイバイをする子モーグリに、俺はつられて手を振った。 そのときふと見上げると、2階の出窓からこちらを見ているイルーアの姿が目に入った。 俺とモーグリのやりとりが微笑ましく思えたのか、ふうわりと優しく微笑んでいた。
…アイツ、あんな顔もするんだな。
俺がボンヤリ見上げているのに気が付いたのか、イルーアはすぐにばつが悪そうな顔をした。そのうち、出窓からフィ、と姿を消した。
フフン。照れてやがるな。なかなか可愛いトコあるじゃねぇか。
俺はニヤニヤしながら募金ツボの前に立っていたので、通行人はやたら怪しそうな目で見てきやがった。まぁ、いいさ。今は気分がいい。
「何、ニヤニヤしてるの?気持ち悪いわね」
「な、イルーア!?」
居なくなったと思いきや、イルーアは俺のすぐ隣に立っていた。
「ひょっとして募金活動する気になったのか?」
「私もちゃんとしなきゃ、組織に疑われるんでしょう?」
「ま、まぁそうだが」
それきりイルーアは黙って俺の隣に立っていた。なんだか落ち着かねぇ…!!
暫くすると、ヒュムの闘士風の男が通りかかって、イルーアに声を掛けた。
「あ、あの。ちょっといいですか?」
「あら、募金してくれるの?」
「あなたのお名前を教えてくれませんか…?」
男はもじもじしながら、チラチラとイルーアの大きく開いた胸元を見ている。
気持ちは分かるが、ムカつくなぁ…。
「フフ。知りたい?じゃあ、募金してくれる?」
こらこら!それじゃ、恐喝だぞ!
男はポカンとした顔をしながらも、ゴソゴソと財布を漁る。とたんに俺は男に同情を覚えた。
男は小銭を入れるが、イルーアからの反応は無い。イルーアの顔色を窺いながら、男は次々と小銭を入れていった。
「一一一ありがとう。名前を知りたければ、また募金しに来て頂戴ね」
えっ、と見つめてくる男に「また来てね」とイルーアはにっこり微笑むとゆらゆらと片手を振った。
男は仕方がなくつられて微笑むと、名残惜しそうに振り返りながら去っていった。
………ムゴすぎる!!
「イルーアよぅ、ありゃねぇよ…」
俺のセリフを無視して、イルーアは募金ツボをがしゃがしゃと振る。
「これだけ溜まったら文句はないでしょう?さっさと部屋に戻りましょ」
「…へ?お、おい」
そう言い残すと、イルーアは建物の中に戻っていった。まだノルマの時間は達成されてねぇが…。 まぁ、こんだけ小銭が入っていれば、サボっていたとは思われねぇだろ。 俺は頭を掻き掻き、イルーアの後に続いた。
部屋に入るとイルーアが無言で自分が座るソファの隣を示すので、俺はそれに従った。
暫く2人とも何を語るでもなく物思いに耽っていたが、イルーアが少し躊躇いがちに聞いてきた。
「シド、あのグリモアの内容、どう思った?」
「どう、とは?」
「思ったコトを正直に言って」
「…これまでおまえが大変な思いをしてきたんだ、とは感じたが」
「…が?」
「もっと苦労をしてる連中は世の中、山程居る。自分がひとりだと決めつけるにはまだ早いな。
少なくとも、おまえの道はまだいい方に切り開けられるだろう。“力”の使い方を間違わなければ」
「今の私が間違っていると?」
「間違っているかどうかを決めるのはおまえさ。
間違っていてもその力を使うかどうかは、おまえ次第だ。
できれば俺はおまえがこれから生きていく為のサポートをしてやりたい」
俺は隣のイルーアの細い肩を抱き寄せ、その白い手を力強く握った。
イルーアの中には埋め尽くしきれない程の孤独感と、それを埋めようとするかのように力への渇望がひしめき合っている。
俺は彼女がこれから生きていく上で、それらを少しでも和らげることができる存在であればいい。
伏し目がちに考え込んでいたイルーアは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「シド、おそらくあなたが間違っていると考える“力”の使い方をすると思うわ」
「そうか」
「その時、私が望むならあなたはそれを見て見ぬフリをする?」
「いや。おまえがどこに居ようとそれを全力で止めに行くだろうな。
例えおまえを倒すことになろうとも。…おまえの為に、だ」
「そう」
その顔が少し満足げに見えたのは、俺の気のせいだろうか。
顔を覗き込めば視線が合い、自分が映る青い瞳から目を離せなくなった。
お互いどちらともなく近付き、ごく自然に口付け合う。
初めて触れる唇は思ったより柔らかく、ひんやりと冷たくて心地よかった。
口付けの角度を変えようにも俺はこの長い鼻なので、互いの顔の距離を取る為にそっと唇を離した。目を開けるとイルーアはキスの最中にも関わらず、じっと目を開いて俺の様子を眺めてやがったンだ。その目はやんわり笑っていた。
「コラ。目を開けるのはルール違反だと習わなかったか?」
「誰が決めたの?そのルール。まさか組織じゃないでしょう?私のキスは私がルールよ」
「悪趣味だぞ!」
「フフ。それは褒め言葉ね」
クスクス笑いながらイルーアは立ち上がり、踊るような足取りで扉の方へ向かった。
扉を開き、部屋を出ていく前にこちらをチラリと振り返った。
「あなたって可愛いわ」
そんな言葉を残しパタンと扉を閉めると、イルーアは自分一人でさっさと帰っちまった。
なンだろう、馬鹿にされちまってるンだろうか。
まぁ、いいさ。これは始まりにすぎない。
これからはアイツといい関係ができる、何故かそれが確信できた。
俺は2階の窓からイルーアが去っていく後ろ姿を見えなくなるまで見送っていた。
それきりイルーアからも俺からも、組織に相方の変更願いを申し出ることは無かった。
(08.4.9)