花の中の花

人々が帰路に着く、日も暮れる頃。
海辺に面した市場を歩く、ひときわ大きな姿が見えた。通常ならば目立つガタイのレベガージ族も、人込みに紛れてしまえばまだ自然にその場に溶け込める。逆に彼等の場合、人気の無い場所に行く方が目立ってしまう。

市場を行くシドも例に習い、仕事の後でも堂々と歩いていた。その表情には少し陰りが見えたが。

(やれやれ、今回もロクな仕事じゃなかったな…。取りあえず、傷付けた相手が女子供で無かっただけましか)

シドは溜息を吐きながら、自分の無骨な手を眺めた。そこには、先程戦った獲物の血とそいつに付けられた傷から出た自分の血がこびり付いていた。

(おっと…こりゃマズいな)

自分の浅黒い肌が幸いしてか、それに気付く者は居なかった。だがシドにしてみれば、このまま帰ればイルーアに張り倒されそうだし、犯行証拠を身に付けて歩いているようなものである。何より、シド本人がいい気持ちがしなかった。

手を見て顔を顰めたシドは、さり気なくポケットに手を突っ込んで隠し、辺りを見回した。ちょうど市場の角にある花屋の側に公共の井戸が設置してあり、そこの水を拝借して手の汚れを洗い流すことにした。ジャバジャバと水を出す合間に、ふと花屋の中に気になるものを見つけた。

いつもならば目に止める事もなく通り過ぎる花屋だ。縁も所縁も無い場所にその“色”を見つけた。惹かれるように店内に入って『それ』を見つめる。そうこうしている内に隣から腕を引かれる。

「レベガージの兄さん、その花いいだろう?大変珍しいんだよ、その色は」
「…ン?まぁ、そうだな」

シドは花の事など全くと言っても良い程詳しくなかったが、適当に店員の話しに合わせておいた。店員の老婆のン・モウは、おそらくもともとであろうピンクの頬をさらに赤らませてシドをつっ突いた。

「兄さん、ここはアタシに任せておいてくれよ」
「あン?何がだ」
「恍けないでおくれ。どうせコレにやるんだろ、コレに!」

あからさまに小指を立てる老婆にシドは呆れ返ったが、あながち指摘が的外れな訳でもなかったので、ここは素直に頷いておいた。あれよこれよという内に花は老婆の手によって花束に変わり、はいよ、と手渡された。

「花代、一万ギルだよ〜」
「どえらい量包んでくれたな、オイ」
「何言ってんだい!これくらい立派にしないと、女は落とせないよ〜」

この店がフロージス辺りにあれば、店内はクレーマーで溢れかえりそうだ。まぁ、この勢いと商売ッ気がグラスの町らしい。シドはポリポリ頭を掻きながら、料金を老婆に手渡した。満面の笑みで、まいどあり、と手を振る彼女に苦笑する。

(まぁ給料が出た後だし、構わンだろ。それにしても、ちとアイツのイメージと違ったかな?)

シドが花束に顔を近付けると、爽やかな香りが鼻をくすぐる。小さい花が房にいっぱいに付いたそれは、豪奢で派手な花より印象が薄いかもしれない。だが、その花弁はイルーアの髪や瞳と同じ、澄んだ青。

(花なンて買って帰ったこと無いが…これなら気に入ってくれるだろ)

気分よく帰り道を歩くシドは、港通りで水面に写った花束を持つ自分の姿を見た。

「に、似合わねぇ!」

途端に気恥ずかしくなったシドだが、手にした花束は大きすぎてシドの大きな体でも隠せそうにない。誰かに見つかって冷やかされないように、急ぎ足でアジトへ帰った。

恥ずかしい気持ちのままアジトの扉を潜ったシドは、その勢いのままイルーアの部屋に向かい、有無を言わさず花束を無言で手渡した。つい勢いに流されて受け取ってしまったイルーアだったが、暫くその花を見つめたまま言い放った。

「シド。これは何のつもり?」
「…ゴホン。おまえにプレゼントだ!」
「今日は何かの祝いの日だったかしら?」
「何かなければ、花を買っちゃいけねぇのか?」
「女に花でも贈れば、へらへら喜ぶとでも思って?」
「…ッ!あ〜、おまえはそういう女だよ!それは焼くなり煮るなり好きにしてくれッ!」

シドは相手が素直に喜んだりはしないだろうと踏んでいたが、思ったとおりの態度に顔を真っ赤にしてドスドスと大きな足音をさせながら自室へ戻って行った。

イルーアはそれを見届けると、側に控えていたユエンに花束を押し付けた。

「それ、その辺りに飾っておいて」
「…承知致しました」

普段はイルーアにいいようにされるシドを見ても何も感じないユエンだったが、流石に今回のシドには少し同情した。

深夜、イルーアは目が覚めたのか自室から出て1階のロビーへ行く階段を音も無く降りていった。ちょうど階下にある出窓には月明かりが差し込み、そこには件の花束だった花達が透明なガラスの花瓶から顔を出していた。

「美しいですね」

誰も居ないと油断していたときに声がしたものだから、イルーアは勢いよく振り返った。そこには彼女やシドとも馴染みの深い、竜騎士のバンガの姿があった。

「気配を消して後ろに立つとは、趣味が悪いわね。次は殺すわよ」
「これは失礼致しました」

バンガはゆっくりとした動作で深々と頭を垂れた。彼は室内でも常に竜騎士特有の兜を被っている為、その表情を読むことはできない。イルーアは気にした風もなく、花に手を伸ばしてそれを弄った。

「美しいとは…花?それとも私?」
「どちらも、です」
「男っておかしな生き物だわ。皆、こんなもので女が満足するとでも思っているのかしら」
「…ですが。実際、貴女も機嫌が宜しいでしょう?」
「シドには言わないでよ」
「心得ております」

それきりバンガの存在を無視したイルーアは、そうっと青く小さな花々を胸に抱き、香しい匂いを嗅いで婉然と微笑んだ。

翌日久し振りの休日であったが、何となくイルーアと顔を合わせるのに気が引けたシドは、気分転換に散歩にでも出かけようとグラスの町の中心部まで足を運んだ。町に出てきたはいいが、どうも気が晴れない。

(イルーアの態度なンぞ、いつもの事だ。気にせずに帰るか。こっちが凹ンでると損した気になるしな)

来た道を戻ろうとすると、誰かがシドの腕を取って絡んでくるのが分かった。どうせ、この辺りの店の客引きだ。断ろうと思い相手を見てシドは固まってしまった。

「イルーア…!!」
「どこに行くの、シド?」
「い、いや、ちょっと散歩にな」

上目使いに見上げてくるイルーアに、シドはドキマギしてしまった。こういう公衆の面前でイルーアが腕を組んでくるなんてことはなかったし、そもそも仕事以外で外で一緒にいることなど殆ど皆無だった。ふとシドはイルーアからふんわりとある匂いがする事に気付いた。自分も覚えがある、あの花の香り。

「イルーア。あの花、気に入ってくれたンだな?」
「………散歩するんでしょ?さっさと行きましょ」

イルーアはさっさと先へ行こうとする。そしてシドにのみ聞こえるように呟いた。

「私にはあなたにあげるようなものは思い付かないから」
「…ン?」
「今日は私を好きにしていいわよ」
「イルーア!!」

イルーアの言葉にシドは愛おしさが込み上げる。

「俺はおまえが喜んでさえくれれば、それで充分なンだ…!」
「そう?じゃあ、帰りましょうか?」
「いや!折角のデートのお誘いだ。帰さねぇぜ!」

イルーアは自分よりひとわまりも大きな身体のシドが、だだっ子のようにしがみついて離れないのを見て、つい吹き出してしまった。それを見たシドも釣られて微笑んだ。シドはイルーアの細い腰に腕を回して、耳元で囁いた。

「俺はな、イルーア。ユトランドのどんな花よりも、この『イルーア』って花が一番いいンだ」
「そう。良かったじゃない、手に入れられて。もっとも気を抜くと誰かが摘んでいってしまうかも」
「そうはさせねぇさ」

町並みを行く二人をまさかカミュジャの幹部だと思う者は居まい。それだけ二人の雰囲気は微笑ましい恋人同士だった。

それからというものは、シドが毎月月末にイルーアへ花束を贈るという習慣ができ、二人でグラスの町を歩く姿もたまに見かけられるようになった。

花を買う度にその後のイルーアとの発展を聞きだそうとするン・モウの老婆より、花の種類についていろいろ教授されたことから、シドがすっかり草花に詳しくなってしまったというのは、また別の話しである。


(08.1.18)



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