王女と忠臣

■アーシェ16歳 バッシュ33歳 ウォースラ35歳


夜も更けた頃。
私はなんとなく寝つけなくて、自室のバルコニーで夜風に吹かれていた。

ん?
ふと下を見ると、渡り廊下を歩く見なれた2人の騎士。

「バッシュ、ウォースラ!」

私はできるだけ静かに声を掛けた。 2人はこちらを見上げ、騎士の礼をした。

「見回り?じゃあないわね。将軍自ら見回りしないもの。 …どこかに出かけるの?」

顔を見合わせた将軍達。 ウォースラが沈黙を破った。

「自分は明日よりしばらく遠征に出掛けますので、酒場へ飲みに行こうかと。 明日より勤務だというのに不謹慎だとは思ったのですが…申し訳ございません」
「いや、ウォースラ。これは私の方から誘ったから…」

頭を下げるウォースラに慌てるバッシュ。

「謝ることないじゃない。将軍にも息抜きは必要よ?」

彼等の生真面目さを思い、苦笑した。

「あ、ねぇ。私も寝つけないんだけど、お酒を飲んだら寝られるかしら? 一緒に行ってもいい?」
「いけません」

2人同時に返事が帰ってきた。
まぁ、そうでしょうね。

「私はもう16才よ?多少お酒を飲んだところで大丈夫ですって」
「まだ16才で在らせられます」

ウォースラが眉を潜めて厳しい声で諭してくる。

「成人を迎えるまでは口になさいませんよう」
「じゃあ、ウォースラは20才になるまでお酒飲まなかったの?」

ぐっと詰まる彼を見てバッシュが、

「殿下。我々は殿下の身体を心配して言っているのですよ?」

今度は私が黙る番。それを見て、バッシュが切り出した。

「ではこうしてはどうでしょう? 殿下が20才になられた暁には、我々2人が護衛して砂海亭で飲み明かす、というのは?」
「バッシュ!その頃の殿下にそのような時間があると思うか!? そもそも王族を街に連れ出すなど…」
「それって素敵!私、どんなに忙しくても時間を作ってあなた達に逢いにいくわ」

嬉々とする私にバッシュは微笑み、ウォースラはどうせ叶えられぬだろう、と溜息を吐いた。 自分が子供扱いされたのは癪だけど、近い未来の小さな約束に想いを馳せた。

■アーシェ20歳 バッシュ37歳

街灯がパチパチを音を立てて光り、無数の虫が飛び交っている。
その下をフードを目深に被り、私は足早に通りを抜けた。 ある一点で立ち止まり、スっとフードを上げて見上げる。

『砂海亭』

その看板も店の佇まいも以前のままでホっとする。
そっと扉を開くと、店内はほぼ満席となっていた。 複数での客が多かったのか、その中でもカウンター席はまばらで、私はその中の中央の席に腰を降ろした。

「お嬢さん、何にしましょうか?」
「連れが来ますので、もう少し待ってください」
バーテンに返事をした後、先に出てきた水を手に取って、少し口に含む。

…後ろに人の気配がした。

「隣。宜しいでしょうか?」
「えぇ。あなたの為の席ですから」

振り返って見た良く知る顔。
だが以前と違い、ゆるやかだった長い髪はバッサリと短くなっていた。

「ジャッジの任務も忙しいでしょうに、私の為に出てきてくれてごめんなさいね」
「…いえ、あなたの為でしたらどこへでも出向きましょう」

本来ならどこへでも…などという時間は無いハズだが。 例え嘘でもその気遣いが嬉しかった。

彼…バッシュがバーテンに何やら酒を注文していた。

「何になさいますか?」
「私はよく分からないから。お任せするわ」

程なくして出てきたグラスが…。

3つ。

バッシュと私と、その隣の誰も居ない空席の前に置かれた。

「バッシュ…」
「彼が…。その酒を好んで飲んでましたので」

誰のことか言わずとも分かった。

「ねぇ。生きていると思う?」
「…どうでしょうか」

あの爆発の中で生き残ることは困難だ。 だが私達は今だ、彼が亡くなった、という実感がない。 自分達が置いてきたと言うのに勝手な事を言っている、と思う。

「もし生きていたとしても…もう私の元へは帰ってきてくれないわよね。 いえ、女王として私の意に反した騎士を自分の元に置くことはできない。 せめて、私の一友人として側に居て欲しいのよ。…ホンと、勝手よね」
「…彼が聞いたら喜ぶでしょう」

俯く私の肩にバッシュがそっと手を置いた。

いつか3人で飲もうと言った約束。
それが果たされないなどと、当時は思いもしなかった。

いや…まだ諦めるには早い?


隣の誰も居ない席を見やると、グラスの中で溶ける氷がカラリ、と返事をした。



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