これはまだ私が若い…20歳位のときの話だ。
今ではジャッジマスターとしての地位を確立していた為どうこう言われる事も無くなったが、
当時は珍しい女性のジャッジということで、良くも悪くも様々な噂をされたものだ。
我がドレイス家がソリドールに近い家の出自だから執り成して貰っただの、 女性を入れることによってジャッジのイメージ向上を計ろうとしているだの、 誠に遺憾としかいえぬ内容の噂であった。 当然のごとく、私のジャッジ参入を快く思わぬものも皇帝宮内外共におり、 私はジャッジの中でもとくに浮いた存在であった。
私自身、幼き頃より男勝りな部分があったことは認める。
男に負けたくないが為にジャッジへの道を選んだ訳ではない。
私は女性らしい所は充分にあると思っているし、
女性としての観点からこの国を見届けていければ良いと考えていたのだ。
他人がどう思おうが関係無い。私は私の道をゆくのみだ。
さて、話を戻そう。
当時まだジャッジとしては新米であった私は、
満1歳になられたばかりのラーサー様とそのお付きの侍女の護衛任務を仰せ付かった。
まだお小さいラーサー様の前で鎧姿の厳つい男のジャッジ達に守らせるもの気が引けると、
皇帝より直々に勅命を戴いたのだ。
何より皇妃が亡くなられたばかりのラーサー様が母を恋しがり泣いてばかりだったことから、
できるだけ、母親に近い歳の女性を側に置いておきたいとの皇帝のお心遣いであった。
「ラーサー様はまた泣いておられるのか?」
「…これはジャッジドレイス!」
ラーサー様の部屋に入ると泣きじゃくるラーサー様と、おろおろする侍女の姿。
侍女は私を目にすると、助けを求めるように駆け寄ってきた。
「先程まで大人しくされていたのですが、急に寂しくなられたようで…」
「ふむ…。困ったな」
正直のところ、幼い子供と関わるような機会がなかった故、
ラーサー様を宥める自信などなかった。
私はこの場をなんとかせねばという思いから、
取りあえず彼の前でもソリドールに仕えるジャッジとして振る舞うことにした。
ラーサー様は自身の前で片膝を付いて控える私に気が付かれたのか、
泣くのを止めこちらを見上げた。
思えばラーサー様と初めてまともに顔を合わせたのはこのときが初めてであったと思う。
今まで侍女や女官の姿を見る機会があったとしても、
鎧姿の女など初めてであったのだろう。
ラーサー様はきょとんとして私の鎧と顔を交互に見ておられた。
「ラーサー様、私はジャッジドレイスと申します。
あなた様をお守りする為にお仕えしに参りました。
…あなた様を悲しませるようなことがお有りでしたら、
このドレイスにお申し付けくださいますよう」
言葉の意味はわからなくとも、雰囲気で敵意がないことくらいは伝わるかも知れぬ。
そんな気持ちでラーサー様と向き合おうとしたのだ。
しばらくこちらをじっと見つめておられたラーサー様は、
ふいにこちらに手を差し伸べてこられた。
どうしてよいものかと考えあぐねいた結果、私もそっと手を伸ばした。
すると小さな皇子はそのお手を精一杯大きく広げて私の指を掴んできた。
柔らかくもそこに存在する幼子の温もりに胸の奥が熱くなった。
どうやら私に興味を示して下さったらしい。
「あ、泣き止まれたみたいですね。
私はおむつの用意をしてきますので、後はお願いしますね」
そう言って立ち上がった侍女に慌てて声を掛けた。
「そ、そうか。なるべく早く帰ってきてくれ」
なんとも情けない返答だが乳幼児の扱い方など分からぬので、 そこは大目に見て貰いたいところだ。
しばらくして扉がノックされたので私は侍女が帰ってきたのだと思い応じたのだが、
入ってきたのは確か同期のジャッジ。名前は…
「卿は…ジャッジ・ガブラスだな?私に何か用か?」
「私も卿と共にラーサー様をお守りするよう、仰せつかった」
そういえば、この男。やけに皇帝から目を掛けて貰っていたな。
そしてその実力も同期の他のジャッジと比べれば、頭ひとつ抜き出ていた。
おそらくまだ若いこの男なら、ラーサー様の受けも良いかもしれん。
ガブラスを護衛に付けた意図はそこにあるのだろう。
外民の出自という事もあり、世間のガブラスに対しての風当たりはかなり厳しい。
彼に対する批判は私のそれの比ではないであろう。
少なくとも貴族出身なので、
私を気に食わぬ連中も私の後ろにあるものに対して強く出ることが出来ない。
ガブラスといえば、何の後ろ盾もない。
私は同情とではないが彼に対して自分と同じような境遇を感じており、
何かと気になる存在ではあった。
ガブラスは私とラーサー様を一瞥すると、少し離れたところでこちらの様子を伺っていた。 ガブラスとは公務に必要な事以外、話したことはない。 それどころか、彼が他の誰かと話すようなところは見た事が無い。 気にはなったが、ここはラーサー様をあやす事に集中することにした。
ラーサー様は何が気に入られたのか、私の膝の上に乗って遊んでおられた。 私の髪は細い猫っ毛でその感触が楽しいのか小さな手でフワフワと撫でた。 そんな事を他人にされた事がなかったので最初は驚いたが、不快感は無かった。 ラーサー様がにっこりと微笑んでおられたので、それで良いのだろう。 その罪のない笑顔に見つめられると、こちらまで自然と笑顔になってしまう。
その様子を見ていたらしいガブラスがフフ、と笑った。
おや、あの堅物も笑うことがあるらしい。
すぐにその兜の下からバツの悪そうな気配が伝わったが、私はそれを見逃さなかった。
「卿もあやしてみればよかろう」
「いや、結構だ」
そういう奴に無理やりラーサー様を抱かせてみた。 私のカンでは、奴は意外と子供好きとみた。
ラーサー様は黙ってガブラスに抱かれるままになっていたが、 どうも奴の兜の形が気になるのか、じっと見つめておられた。 兜の角に触って怪我でもしてはならぬと思い、私は勝手にそれを外した。 一瞬抗議の視線を感じたが、無視してやった。
ガブラスの素顔を見たのはこのときが初めてだったが、
そのときから私好みの顔だった。
本人にはまだ言っていないが。
「子供を抱く卿はなかなか絵になっているぞ」
ちょっとからかうつもりで言ってみたのだが。
「…それは卿の方だろう?」
「何?」
「先程、微笑んでいたとき。卿は母親の顔になっていた」
以外な発言にしばしあ然となっていると、ガブラスは物思いにポツリと呟いた。
「俺達の母親も同じような顔で見てくれていた」
「…俺達?」
「…!いや、何でもない」
すこし柔らかくなっていた奴の殻が急速に閉じていくのがわかった。
誰にでも知られたくない過去はある。
これは私の失言であった。
私はガブラスの足元にある本に気が付いた。
「ガブラス卿、それは何だ?」
「あぁ、このくらいの大きさの子供なら本の内容や絵に興味を持つころだそうだ。
ジャッジ・ゼクトが読み聞かせでもしてみろ、と助言していった」
あの男がそのように気を利かせていたとはめずらしい。
我々ではラーサー様のお守りは勤まらぬと思われているのかも知れぬ。
実際、どうすればよいのか分からずに困っていたのだが。
取り合えず、折角なのでガブラスに読ませてみることにした。
「成る程。では卿が読み聞かせてみるといい」
「私が…?」
しぶしぶながら、ガブラスは本を手に取った。
私が読んでも良かったのだが、
兜越しではないガブラスの声をもう少し聞いていたかったのだ。
ラーサー様を私の膝に預けるとガブラスは隣に座り、
私達に本の中身が見えるように大きく開いてみせた。
「…コホン。では失礼して…
『アルケイディスの歓楽街にて誰もいない家に入り込む2人の男女の姿があった。
少女は暗い部屋に相手を誘い込むとそっと耳打ちした。
“早く来て…もうすぐパパが帰ってくるから”と』」
…バコン!!
ガブラスがそこまで読んだところで本を奪い、その本の角で奴の頭を殴りつけてやった。
頭を押さえて唸るガブラスに、私は奴の耳をひっ掴んで怒鳴りつけた。
「なんだ、この本の内容は!それが子供に読み聞かすような代物か!?」
ガチャリ。
そんな間の悪いところで帰ってきた侍女が、私の剣幕におののき、固まっていた。
「あ、あの私。し、失礼致しますね…」
「そんなうっかり夫婦喧嘩の最中に水を差したみたいな顔をするな」
あわてて出ていこうとする彼女の様子を見て少し冷静になった私は
「ガブラス卿。その本の内容を分かった上で持ってきたのか?」
「…いや。ジャッジ・ゼクトが『俺の机の上の本を持っていけ』と。
その場で確認せずに持ってきてしまったのだ」
そうか。やはり奴が!!
ラーサー様の様子を確認すると私達のやり取りが楽しいのか、
キャッキャとはしゃいでガブラスのマントの紐を引っ張って遊んでいた。
ここはガブラスと侍女に任せておいて大丈夫だろう。
「私は所用で少し席を空ける。それまでラーサー様のお世話をしておくように!」
私がビシッ!と指すと、ガブラスと侍女は黙って頷いた。
その後のジャッジ・ゼクトとのやり取りは…最早、語らなくともよかろう。
それからだ。私とガブラスが少しずつ話すようになっていったのは。
思えばこのときすでに我々がラーサー様に仕えていくことが決まっていたのかも知れぬ。
運命とはこういうことを言うのだろう。
私はこんな我々を結び付けてくださったラーサー様に深く感謝している。
〜おまけ〜
ガブラスが出て言った後のジャッジ・ゼクトの部屋。
そこには可愛いクマの表紙の絵本を持ったゼクトが呆然と佇んでいた。
「ガブラスのやつ…!間違って俺のエロ本持っていきやがった!!」