月が見ていた夜

オズモーネ平原を経て、ガリフの里に着いた一行は、 ゴルモア大森林に向かう前にしばしの休息を取っていた。 ガリフ達の好意で一夜の宿を取ることにして、 それぞれが割り当て当てられた寝所で休んでいた。

寝所では暖を取る為の焚き火がパチパチと燃える音と野外で虫がリリリと鳴く声のみが聞こえる。 焚き火の火が弱くなったことに気付いたのか、 バッシュはむくりと起き上あがって火の燃え具合を見ていた。 そのときふいに外の様子に目をやると、パンネロが外を出歩こうとしているのが見えた。

(こんな時間に危ないな)

バッシュは止めに行こうと腰を上げた。

パンネロは少し突き出た崖の上に腰を掛けていた。 夜空には満天の星々が輝いていたが、それに目を向けようとせず、 俯いたまま、深くため息を着いていた。

「悩み事かい?」

バッシュの少し遠慮がちに掛けられた声にパンネロは驚いて振り向いた。

「バッシュ小父様…!」
「驚かせてすまない。ひとりで出ていくところを見て気になったのでね」
「起こしてしまってすいません…」
「いや、丁度目が覚めたのだよ。眠れないのかね?」
「はい…」
「無理もないな。 オズモーネ平原の敵は強かったし、女の子の足では大変だったろう。 …隣に座ってもいいかな?」

パンネロが頷くのを見て、バッシュはゆっくりとその場に座った。

暫くの間、2人は何も話さず夜の冷えて澄んだ空気を肌で感じていた。 パンネロは終止俯いたままで、バッシュは後ろに手をついて夜空を見上げている。 おそらくバッシュはパンネロの身を気遣って、寝所へ帰るまで一緒に居るつもりなのだろう。

「あ、あの。私もう戻りますね」

いそいそと立ち上がろうとしたパンネロの背中にバッシュは声を掛けた。

「…私では役に立てないかな」
「え?」
「何か気になることがあるのだろう?良かったら話してくれないか」

…暖かい。パンネロはそう感じた。 バッシュの周りには守るものや障害がたくさんあるのに、自分もその中の一つに入れてくれている。 彼の懐はどれだけ深いのだろう。

パンネロは改めて座り直し、少しづつ話しだした。 自分やヴァンが今までの旅の道のりで、アーシェと少し仲良くなったこと。 同じ年頃の友達が出来たことで、お互い喜びあえたこと。

「…でも。さっきヴァンとアーシェ様が橋のところで2人きりで何か話してたんです。 私、それを見て複雑な気持ちになっちゃって…。2人が何話していたのか気になって。 何かイヤだな、こんな感じ」
「2人に対して後ろめたくなったのだね」

バッシュはしょんぼりと足元を見つめるパンネロの頭をくしゃりと撫でた。

「そのことに悔やむことができる君は、とても優しい子だと思うよ。 私も若い頃は色々言われたからね。その度に酒を浴びるように飲んだりしたよ」
「小父様でも落ち込んだりするんですか?」
「するさ。きみはそういうとき、どうやってストレスを発散させるんだ?」

パンネロは可愛く唇を尖らせて小首を傾げた。

「…うう、んと。私はやっぱり踊りかなぁ。 踊っている間は集中できるから、イヤな事考えなくて済むんです」
「一人で踊るのかい?」
「そうですよ」
「ふぅん。私は王宮の舞踏会で男女が組んで踊っているものしか見た事ないな」

パンネロは自分が体験した事がない舞踏会に興味を持ったようだ。 あれこれとバッシュに質問し、舞踏会がどんな様子だったかを知りたがった。

「小父様も誰かと一緒に踊ったりしたんですか?」
「フフフ…。私は警備に当たっていただけさ。殿下はラスラ様や陛下と一緒に踊ってらしたが」
「へぇ〜…楽しそうですね。憧れちゃいます。でも私には一生、縁の無い世界なんだろうなぁ」

フゥとため息を吐いたパンネロは、バッシュと話しているうちに胸が軽くなったことに気が付いた。

「おじさまに話したら、なんだかスッキリしました。私もう休みますね」
「踊らないのかい?」
「えっ?」
「そうすれば気分よくなるのだろう?私もきみの踊りを見てみたい」

パンネロは恥ずかしげにもじもじとしていたが、じゃあ、と立ち上がって広い場所に進みでた。

「あぁ、そうだ。私がお相手しようか?」
「えぇ!?小父様が?」

バッシュはすっくと立ち上がり両手の汚れをパンパンと叩くと、その手を差し出した。

「憧れてたと言ってただろう?尤も私は大して踊りらしい動きは出来ないがね」

バッシュの大きな手をじっと見つめていたパンネロは、クスリと微笑んでその手を取った。 パンネロはちょっと屈んで目に見えないスカートの裾を摘んでペコリとお辞儀をしてみせた。

パンネロの小さな身体は水を得た魚のようにバッシュの周りをくるくると踊った。 しなやかに背を反らせて指先をピンと伸ばし、ヒラリと器用に動かしてみせた。 一人の少女が踊りだしただけで、周りの空気がふわりと変わった。 バッシュはいつも見ている少女が急に大人びて見えて、不思議な感覚に囚われた。 パンネロはバッシュの腕の下をくるり、と一回転したところで両手で顔を覆い、ガクリと膝を着いた。

「パンネロ、どうした!?」

バッシュはパンネロの急な異変に驚き、その身体を支えようと屈みこんだ。 顔を上げさせようと頬に触れたとき、パンネロは顔を見られまいとバッシュの胸にしがみついた。 バッシュは訳が分からず、ただただパンネロの小さな身体を抱きしめた。

………泣いている…?

バッシュは鼻を啜り、しゃくり上げるパンネロの背をゆっくり優しく撫でた。

「…急にごめんなさい、小父様」

ようやく落ち着いたパンネロが目尻に涙を浮かべて顔を上げた。

「思い出しちゃったんです。昔の事」

バッシュは親指の腹でそっとパンネロの涙を拭った。

「私、ダンスのお相手して貰うの、小父様が初めてじゃないんです」
「ひょっとして…きみのお父さん…かな?」

パンネロはコクリと頷いて、

「私が3歳くらいのとき、ラバナスタにやってきた旅の踊り子の踊りが素敵で、 『私も踊れるようになりたい』ってねだったら、お父さんが私の手を取って躍らせてくれたんです。 私ってばフラフラだったのに『上手だよ』て褒めてくれて…。 そのときのお父さんの顔、忘れられないんです」
「今のパンネロの踊りも素敵だったよ」
「…有難うございます。泣いた事、ヴァンやみんなには内緒にして下さいね。 私、強く生きようって決めたんです」
「約束しよう。私達だけの秘密だな。何なら剣にでも誓おうか?」

お互い顔を見合わせると大きな声を立てないようにクスクス笑い合った。


「じゃあ、小父様!私そろそろ寝ますから」
「あぁ、風邪を引かないように気をつけて」
「ウフフ。小父様って元将軍でしょう?もっとお堅い人だと思っていたのに。 今日は一緒に踊れて楽しかったです」

パンネロはバッシュの前でトンとステップしてみせた。 そのまま自分の寝所の方に向かって走っていったかと思うとクルリと振り返り、

「あ、そうだ。さっき撫でて貰ったとき、小父様のこと心の中で『お父さん』って呼んじゃいましたっ! これくらい、許してくれますよね、お父さん!」

そう言って小走りに去っていくパンネロに暫く唖然としていたバッシュだったが、

「まいったな、私ももうそんな歳か?…『お父さん』、か」

腕を組み仁王立ちでパンネロを見送っていたバッシュだったが、 その顔はまんざらでもない、という風に微笑んでいた。


----2人で交わした秘密の約束は闇を照らす月のみが知っていた。


*****
パンネロは何時くらいからバッシュを小父様と呼び出したんでしょう? とても親しみを感じます。

ゲーム中、彼女の家族(両親と兄2人?)のエピソードが出てこないので、 いろいろと考えてしまいます。



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