クリスマスには胸いっぱいの想い出を

アルケイディスの街並は色とりどりのイルミネーションに飾られ、 深夜となった今でも人々の笑い声が絶えない。

今夜はクリスマス・イヴだ。
屋根に雪が積もった家々の窓からは暖かい光が洩れ、 美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくる。

そんなクリスマス色に染まった帝都の中、 メインストリートを少し外れた郊外の暗がりに足早く動く影の姿があった。 影が木々の間から姿を現したとき、月の光が漆黒の鎧を象った。

ジャッジマスター。
帝国の象徴ともいえる軍のトップに位置する彼等に祝事は無縁だ。 中でも公安総局9局の責任者、ジャッジ・ガブラスは 年の瀬のこの時期にも情報収集に明け暮れていた。

グラミス皇帝よりヴェインの身辺調査の密命を受けているガブラスは クリスマスの情景を楽しむような暇は皆無であった。

いつものように皇帝への報告を終えると、寝る為だけに自室へと向かう。 ここ最近はヴェインとの腹の探り合いやら 元老院達に狙われているラーサーの身辺警護で ガブラスの疲労も積もりに積もっていた。 時計台に目をやると日付けが変わろうとしていたところであった。 明日の朝も早い。数時間の休息では疲れも取れないだろう。
ゆっくりと扉を開けるとすぐに声が掛かった。

「遅かったではないか、ガブラス! クリスマス・イヴが終わってしまっただろう?」

疲れで油断していたせいか、中に人が居るのに気が付かなかった。

「居たのか、ドレイス…。今日はどうした?確か約束はしていなかったよな?」

疲れた声で対応したガブラスに不満を持ったのか、

「約束が無ければ卿の部屋へ訪れてはいけないのか? 私はクリスマス・イヴに卿と過ごしたかったのだ!」
「…もうイヴは終わってしまったな。 ドレイス、俺は疲れてるんだ。悪いが休ませてもらえないか?」

ドレイスはガブラスの顔色を見て、先程までの怒りを押さえた。 皇帝とヴェインの間で板挟みになっている彼の状況は知っていたし、 自分の誘いを断るのは、余程疲れている証拠だ。

「そうか、邪魔したな。明日に備えよく休むといい」

公務ならともかく、疲れを替わってやることはできない。 自分にできることは無いならさっさと自室に戻るべきだろう。 ドレイスは自分にそう言い聞かせたが、ある不満が残った。 それを振り払うように出て行こうとするドレイスにガブラスが引き止めた。

「ドレイス、これはどうしたんだ?」

書類を書く以外では使用したことがないテーブルの上にはいくつかの料理が置いてあった。

「あぁ、卿と一緒に食べようかと思って用意していたのだが… 朝起きたときにでも食べるといい」
「侍女にでも作らせたのか?」
「…いや。私が作った」
「…な!?」

意外な返答にガブラスは目を見張った。

「失礼だな、ガブラス。私が料理をするのがそんなに可笑しいか?」

ガブラスの反応にバツが悪そうな顔をして腕組みをするドレイス。 その指には調理中に傷付けたのか絆創膏が巻いてあった。

「…は、はははっ!いや悪い。だが笑わせてくれ!」

断りながらも腹を抱えて笑うガブラスにドレイスは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「もういい!ここは片付けるから卿はさっさと寝るがいい!!」
「バカ言うな。お前が折角作ってくれたのに寝れる訳ないだろう?」

ガブラスはそう言いながら、耳まで赤くしたドレイスをそっと抱き寄せた。

何故だろう?
人の体温が、こうも癒されるのは。
腕の中でドレイスが小さく呼吸するのを感じて ガブラスは身体の疲れを忘れていくのが分かった。
ガブラスはゆっくりと身体を離すと

「さあ、食べようか」

そう言ってテーブルの前の椅子を引き、ドレイスに着席を促し、自身も向かいの席に着いた。 促されるまま席に着いたドレイスだが、釈然としないようだった。

「さんざん笑った料理を口にできるのか?」
「指が入ってなければ、だがな!」

言われてドレイスはテーブルの上に置いてあった絆創膏だらけの手をスっと隠す。

「フン。包丁ではなく、ダガーを使えば良かったのに、だとか考えているのであろう?」
「まぁ、そう拗ねるな。…俺は感謝してるんだぞ。 お嬢様育ちで料理などしたことが無いのに無理してくれたんだろう?」

ガブラスは宥めるように微笑みながら料理を眺める。

「…この料理は見たことがある。母上が生前作ってくれたな。 ランディス料理を調べるのは大変だっただろう?」

今だ忘れられぬ家族の想い出。
幼い双児を喜ばそうと母がなけなしの金で買った材料で作った、 愛情たっぷりのクリスマス料理を思いだしていた。

ドレイスがガブラスを喜ばそうと努力してくれたのがよく分かる。 自分程でなくともジャッジ・マスターとして忙しい日々を送っているだろうに。

「有難う。とても嬉しいよ」

真直ぐ自分を見つめるガブラスに戸惑い、ドレイスは照れを隠そうと

「…もうクリスマス・イヴは終わってしまったがな」

と呟いた。
ガブラスは席を立ったと思うと、サイドテーブルにあった時計を手に取り、 キリキリと時間を戻し始めた。 1時間程戻した後、両手を広げてみせて

「これでまだクリスマス・イヴだ」
「フ。子供みたいな事を」

ドレイスはその様子に機嫌を取り戻し、シャンパンを取り出した。 2人はお互いのシャンパングラスをカチンを鳴らすとどちらともなく囁きあった。

「よいクリスマス・イヴを…」

その日、ジャッジ・ガブラスの執務室は夜遅くまで明かりが灯っていたという。

余談だが次の日ガブラスは時計の目覚ましが1時間遅れで鳴り、 重役会議に遅刻をしてヴェインより厳重注意を受けた。

良くも悪くもガブラスにまたひとつ大きな想い出ができ、 彼の心の癒しになったという。



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