戦場に残るあの人の笑顔

また地図から国が一つ消えるのか。 帝国に楯突いた敵は容赦なく排除する。 ジャッジとしてその行為に躊躇はなかった。 ただ、目の前の敵を倒すのみ。

帝国軍の圧倒的な力にその小国はあっけなく敗北した。 焼野原にはわずかに残った女、子供、年寄りのみ。 もちろん、それらに反抗する力などない。 この後、難民として生きて行くか、将来を悲観して死を選ぶか。 それは自分達の知るところではない。 ジャッジとしての仕事は終わり、あとは上に報告するだけ。 いつものように何の感情も見せず、ただ命令されるままに戦い続けることにももう慣れてしまった。

ガブラスはふと足元に引っ掛かるものを感じた。
…死体でも引っ掛けたか? 見ると泥だらけの顔に目だけギラつかせた女の子が足にしがみついていた。

「う…ううぅ!!」

ただ唸りながら目に涙を浮かばせるだけ。 家族を亡くしでもしたのだろう。言葉も出ないようだ。 ただ、何を恨めばよいか解らず、目の前に居た自分の幸せを壊した存在に自分をぶつけたいのだ。ガブラスは剣を引き抜き子供を斬り捨てようとした。

「やめておけ」

ドレイスが振り上げたその手を制す。

「ドレイス…。帝国に刃向かった者は排除しておくべきだ。今の内に始末しないと後で自分に返ってくる。卿もそれは分っているだろう?」
「そいつは今の状況もわかっていないような子供だ。別に慈悲で云っているのではない。ほうっておけ」

そのとき、遠巻きに見ていた人々の中から、1人の少女が飛び出してきた。 年は15〜6才位か。

「何してるの!?早く離れなさい!」

足元の子供の姉というところか。 面倒なのは御免だ、とばかりにガブラスは足を払い、子供をその姉のことろへ突き飛ばす。 子供を受け止めると少女はキ、とガブラスを睨んだ。 幾度も見た視線を受けて、その場を後にしようとした、その時。 ガブラスに隙ができたとみたのか、手に隠し持っていたナイフでガブラスを斬り付けた。 咄嗟に避けたものの、ガブラスの右腕に一筋赤い線が走る。

「この女!ジャッジ・マスターになんということを!!」

側に居た帝国兵が駆け寄ろうとしたが、それより先にドレイスがつかつかと少女に近寄り平手打ちを放った。パァンという音と共に

「自分の身の程をわきまえよ!」

と鋭く言い放った。

「姉ちゃん、姉ちゃん!!」

頬を押さえて倒れた姉に子供がしがみつく。

「大丈夫、大丈夫よ…」

痛みで目に涙を浮かべながら、子供を抱きしめて少女は微笑んでいた。

刹那。
ガブラスに過去の記憶が蘇る! 焼け野原となったランディスで帝国兵に陵辱され、傷だらけにされた兄の姿。 ただただ怯えるだけだった自分を心配させまいと微笑みながら

「心配ないよ、ノア。恐くないから」

そう言ってそっと抱きしめてくれた兄。その身体と心から血を流しながら…


「…ガブラス!ガブラス!!」

ハッとなってドレイスの声に我に返った。

「しっかりしろ。…傷なら治療してやった。帰還するぞ」
「あぁ、すまない」

振り返るとあの姉妹はまだ抱き合ったままだった。


「戦い終わった後とはいえ、戦場で意識を飛ばすとは卿らしくないな」

報告が終わり、自室に戻ったところにドレイスが訪れた。

「それは卿にも言いたい」

何?と眉を潜める彼女に

「あの子供ならともかく、少女の方は完全に帝国を恨んでいた。それで私に攻撃してきたのだ。卿はあのとき彼女を始末しておくべきだった」

ドレイスは反論できずに聞いていた。

「あのままなら兵が少女を斬り捨てていただろうに、卿が先に手を出したから部下はそれ以上何も出来なかった。卿はこうなるのがわかってて助けたな?」
「私もまだまだ甘い…か」

ドレイスは否定せず、深く溜息をついた。 ガブラスはドレイスを引き寄せ強く抱きしめた。 ドレイスはされるがままになっていた。

「今はお前と言い争う気分じゃないんだ…」

ガブラスはドレイスの肩に顔を埋めた。
ドレイスもうっすら気が付いていた。 あのとき、ガブラスはあの姉妹に過去の自分を見たことを。
ドレイスはしがみつくガブラスの身体をしっかりと抱きしめ返した。



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