機械仕掛けの守護者

ジャッジガブラスは何度も通ってきたであろう皇帝宮から続く回廊を 所在げ無く、ただ歩いていた。 彼女を手に掛けたときの感触がまだ手に残っている。 その手は己の意志とは関係無く、小刻みに震えるばかりだ。 虚ろげに立ち止まったと思うとその場に崩れ落ちてしまう。

その場に膝を着く前にその腕を取って支える者が居た。

(……ドレイス…?)

真っ白な頭の中を過るのは、ただ彼女の事だけで。

「…ガブラス。部屋まで送ろう」

振り向いて相手を認識すると、それは当然彼女ではなかった。 ザルガバースに支えられて立ち上がったガブラスは、上の空で呪文のように呟いた。

「ラーサー様を迎えに行かねば」
「今の卿の状態では無理だ。私とベルガに任せておけ」
「約束だ」

彼女との、最後に交わした約束。

『生き抜いて、ラーサー様を守って』

それが、今のただ一つのガブラスの心を支えるもの。

任務から戻ると ザルガバースからそれとなく酒でも飲みに、と誘われたが断った。 ザルガバースは俺に同情して言ったのだろう。

「…ガブラス。あれは我々の立場ではどうしようもなかった。 ドレイスは勇み足を踏んでしまったのだ」

そんな事は彼女も重々承知の事だったろう。 頭では分かっていても、彼女の気質がヴェインの行動を許せなかったのだ。 たとえ、その結果がこうなることと予見していても。
別れ際、ザルガバースが「自分を粗末にせぬように」と言い残して去った。 最も大切なものを壊してしまった自分を大切に扱えるものだろうか? だが、今は自暴自棄になるわけにはいかない。

部屋で一人、物思いに更けていると、 部下からドクター・シドが自分を呼んでいる、との知らせがきた。 仕事をしているほうが考え事をしなくて済む。 普段は近寄りたくもない場所だが、おもむろにドラクロワ研究所に足を運んだ。
研究室ではなにやら実験が終わったあとのようで、 多くの研究者が出入りしていた。 皆、今回の実験結果の件でドクター・シドを褒め讃えていた。 どうせガブラス自身には理解できない石やミストがどうこうといった研究であろう。

大勢の研究者の中からシドの姿を見つけ、声を掛けた。

「ドクター・シド、私に用件とは?」
「おお、来たか!今回の実験が上手くいってな。ぜひ見せたかったのだよ」
「私に…?」

両手を大きく広げ、自分の実験成果を絶賛するシドの狂喜に不快感を感じた。 彼等の実験には興味が無かったが、何故か胸が騒いだ。

「奥の部屋を見てみるがいい」

シドに示された扉を開き、ゆっくりと暗い部屋の中を見回した。
その片隅に“居た”白い影の存在に気付く。


…まさか、そんな。
ありえない。


「ドクター・シド、これは一体…!?」
「お前も欲していたのだろう?コレを。喜んでくれたまえ」

その場に釘付けとなって、動くこともできないガブラス。
その側で狂ったように嘲笑するシド。

彼等の目の前には死んだはずのドレイスが裸で立っていた。
白い身体には傷ひとつ無く、以前と変わらぬ美しい容貌。
その目は何処も見てはいなかった。

ドクター・シドの研究は死んだ人間を生き返らせることでは無かった。 いくら破魔石の強大な力を持ってしても、それは不可能だ。 今回、行われた実験はシドの持ち得た知識を使い、
死んだ人間の身体を利用して、様々な機具を体内に取り込み、 強力なアンドロイドを作ることにあった。

脳にあたる部分には、特殊なマイクロチップが埋め込んであり、 帝国のみとはいわず、イヴァリース中のあらゆる情報が組み込まれてある。 もちろん、帝国に従順に動くよう設定されており、生前の人間の記憶は無い。

ドクター・シド曰く、
『実験手術に絶えうるだけの身体能力を備えた活きのイイ遺体などそうあるものではない。 ドレイスが謀反を起こしてくれたので、丁度いいサンプルが手に入った』
とのことだった。当然、身体には人造破魔石が埋め込まれていることだろう。

なんということだ。
ガブラスは自分の力の無さを呪った。 ドレイスを死なせてしまい、さらにその身体まで陵辱されてしまった。 このような事態を気高い彼女が許すはずがない。

自分はどうすることもできないのか。
いや。せめてもの償いに、ドレイスを“破壊”することくらいならできる。 彼女は利用されるくらいなら死を選ぶ筈だ。

アンドロイド化したドレイスはヴェインの指示により、 自分の意志をは関係なく『戦闘マシン』と化し、 その強力な力で戦いに出向いては次々と成果を上げていた。 いまや、ヴェインにとっては自分など視野の外の存在なのだろう。
ガブラスはそんなことを考えつつ、ドレイスが待機する部屋を訪れた。 中身は違っても外見は彼女なのだ。 それを壊すことなどできるのだろうか。

部屋のインターホンを鳴らす前に扉は開いた。 驚いたガブラスは少し躊躇したが、深呼吸をして中に入った。

「ガブラス卿、用件はなんだ?」

入るとすぐにドレイスの姿をしたアンドロイドに問いかけられた。 こんなに側で見るのは初めてだったが、知らなければドレイス本人と区別できまい。 だがその身体には血管の替わりにワイヤーが、血液の替わりにオイルが流れているのだ。 ガブラスは意を決して話し掛けた。

「ドレイス。私の事を覚えているか?」
「ジャッジガブラス。36歳、男性。公安総局第9局の責任者。 『外民』でありながら異例の出世でマスターに上り詰めた…」
「そんな事を聞いているのではない!」

やはり生前の記憶はないのか。 ガブラスの心の奥にあったひとかけらの希望もかき消された。

「私のデータに間違いがあったか?」

冷ややかな瞳で問うドレイスに胸が押しつぶされそうになる。 互いに分け合った情熱、信頼、守りたい大切なもの。 彼女の冷たい機械の身体には、何一つ残っていないのだろう。

「ジャッジドレイス…。私は卿を倒す。悪く思うな」

ゆっくりとカオスブレイドを抜き出すガブラスに無機質なドレイスの瞳が迎え撃つ。

「…っ!ガブラス、ドレイス!何をしているのですか!?」

まさに両者斬り付け合おうかというときにラーサーが止めに間に入った。

「明日2人には僕の警護を勤めていただきます。 …個人間の問題を任務に持ち込まないようにお願いしますね」

ラーサーの冷静な声にガブラスも我に返った。 そう。今はすべき事がある。全てはその後だ。 その場はドレイスと共に敬礼した。

ドレイスの部屋を出た際、ラーサーからひっそりと声を掛けられた。

「ガブラス。今は辛いでしょうが堪えてください。帝国の未来が掛かっている時なのです」

ラーサーの小さい手がガブラスのそれを包む。

(ご自身も父親を亡くしたばかりで心を傷めていらっしゃるだろうに…)

ガブラスは自分の事しか見えていなかった事に心から恥じた。

ラーサーは翌日、ガブラスとドレイスを連れてツィッタ大草原まで来ていた。
ツィッタくんだりまで、しかもお忍びで足を運ばなければならなかった経緯は、 ロザリアのアルシドの使者と『終焉と旅立ちの庭』にて落ち合う予定だったからだ。

正直、ガブラスは敵国の皇族と関わるのは危険が伴うので、 アルシドとの交友関係をあまり良く思っていなかった。 だがラーサーは彼を信頼し、数少ない親友だと打ち明けられ、 何も言うことができなかったのだ。

当然、この関係を他のものに知られることは良しとしなかったので、 こうして帝都の外で行われることになった。

しかし以前のドレイスなら兎も角、 今のドレイスをこの場に連れてきて良かったのだろうか。
あらぬ報告をヴェインに伝えられたら、ラーサーの身が危ういのでは? ガブラスはチラとドレイスの方を見たが、その表情からは何も読みとれなかった。
ただ、ラーサーの側からは片時も離れないので、 『ラーサーは守るべき存在』だとは認識されているらしい。 今の彼女との唯一の共通点だ。

それにしても…。
約束の時間が過ぎても、それらしい人影は見当たらない。 何かの都合で来れなくなってしまったのだろうか? 様子を見てくる為、ラーサーに断ってその場を離れようとした時。

ドォン…!!
丘の上で激しく爆音が聞こえたと思う前に身体が動いていた。

「ちぃ…!!敵の罠か!?」

急ぎラーサーの元へ駆け寄ろうとするが、砂埃と土砂で上手く進むことができない。

「ラーサー様!…ドレイス!!」

ガラガラと降り注ぐ土砂を防ぎながら、なんとか目を凝らしてその惨状を見やった。
すぐにラーサーが倒れている姿が目に入る。

「ラーサー様!!」

駆け寄り抱き上げたところ、目立った外傷は無いようだ。

「大丈夫。気絶しているだけだ」

側で声がして振り返ると、無表情なドレイスの顔が目の前にあった。 見ればその背には大きな岩や土砂が積み重なっていた。 彼女が生身のヒュムのままであったなら、庇ったラーサーごと押し潰されていただろう。
それでも次々と積み重なる土砂に今にも潰されてしまいそうだ。 ガブラスは屈むドレイスに力を貸すため、その身体を支えようとした。

「…待っていろ。すぐ助けてやる」
「構わん。それよりラーサー様を安全なところへ」
「しかし、このままでは流石の卿も…」

そのとき、無表情だった彼女の瞳に一瞬、温もりが宿ったように見えた。

「…約束だ、ガブラス。生き抜いて、ラーサー様を守れと言っただろう?」
「ドレイス…。それを覚えてて…?」

すぐに厳しい顔になったドレイスは鋭く叫んだ。

「早く行け、ガブラス!!私のした事を無駄にするな!!」
「…すまん!!」

すぐさまラーサーを抱えて翻したガブラスは、その後のドレイスを見ていない。 ガブラスが姿を消した後、そこはすぐに土砂で埋まってしまったからだ。
それから彼女の姿を見た者は、誰もいない。

あの時ツィッタ大草原で罠を仕掛けた者は、ロザリアの反帝国組織によるものだったが、 その後、アルシドの手によって秘密裏に処分されたらしい。

ラーサーは無事な姿で帝都に戻ることができた。 ドレイスの件についてガブラスに深く追求してくる事はなかった。 それとなくどういう結果になったのか、気付いているのだろう。

疲れているのか、兄との関係に揺れているのか。 今日もラーサーは自室のバルコニーから遠くの空を見つめていた。 ガブラスはその少し離れたところから彼を見守っていた。

一際強い風が吹いたかと思うと、ラーサーの小さな体を包み込む白い影が見えた。

「ドレイス…?」

今度ははっきりとその姿を象り、ドレイスはやんわりと微笑んだ。
ガブラスは手を伸ばそうとしたが、瞬きして目を開けた時にはその姿は消えていた。

「ガブラス、どうかしましたか?」

その様子に気付いたラーサーがガブラスに尋ねた。

「…いえ。少し疲れているのでしょう」

幼い君主に心配を掛けさせまいと苦笑した。



一一一ドレイス…。
お前は今でもそうしてラーサー様を守っているのだな。



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