アルケイディスの幻

私はバッシュ。 バッシュ・フォン・ローゼンバーグだ。

長かったのか短かったのか…だがこの世界を大きく変えた旅を終え、 今帝国でジャッジマスター『ガブラス』としてラーサー様の下でお仕えしている。 元々はダルマスカの将軍であったが、 いまや世に死人として認識されている故、国に戻れることはないと思っていたが、 できる事ならば殿下のお力になれるよう、影ながら支えようと考えていたのだ。

そんな折、弟が先の戦争で大怪我をし、 しばらく安静に過ごさなければならなくなってしまった。 危うい情勢の中、『ジャッジガブラス』抜きでは 帝国は崩壊への道を辿るかもしれない。

(バッシュ…ラーサー様を頼む)

おそらく弟は現状を見込んでいたのだろう。 自分の代わりができるのは双子の兄である私しかいないと考えたのだ。 本来ならば自分でラーサー様を支えていたいに違いない。 私が以前家族にしてきたことへの償い…という訳ではないが、 自分にできることならしてみようと考えた。

未だ世界は変わりつつある。 旅は終わったが、私のすべきことはまだ終わりを見ないようだ。

弟はいまだ床に伏している。
1日が終わると私は弟、ノアにその日あった事柄などを伝えている。 ノアに相談しなければ分からないことが多々あったし、 ノアはノアで全快すれば、すぐにでも復帰したいという思いがあったからだ。 もちろん、『ジャッジガブラス』が二人もいれば問題になり、 その事実が広まれば近隣諸国に弱味を握られることにもなる。 私が偽者の、『ジャッジガブラス』であることは、 ラーサー様と私達兄弟、あとその場に居たジャッジザルガバースしか知らない。 ノアは人目の付かない場所で匿われて治療していたし、 掛かりつけの医師にも堅く口止めしてある。

『ジャッジガブラス』はあまり人との交流も無かったらしく、 そういう意味では人間関係に困ることは無かった。 その立ち振る舞いを真似ることは、1ヶ月もすればすぐ慣れた。 しばらくはザルガバースと共に任務を行っていたことで、 仕事上で失敗することも少なかった。
ただひとつ問題があるとすれば… ほら、今私のところへやってきたあの女性のことだ。

「ガブラス、今日の任務は?」
「後は執務室で書類をいくつかチェックするだけだ」
「ほう。ではそれが終わる頃、卿の部屋を訪ねてもかまわんな?」
「…悪いが今日は疲れているので」
「ふむ。それなら仕方がないな。また今度」

去り行く彼女の姿を見送りながら心の奥で「すまない」と呟く。
彼女はジャッジドレイス。 私が『ジャッジガブラス』になってから幾度か一緒に仕事をしたが、 女性ながら文武両道で仕事ができる優れたジャッジマスターだ。 ノアに聞いた話では、以前ヴェインの指示により処分されたことになっていたが、 処分を実行したノアが彼女の急所を狙わなかった為に命を拾ったそうだ。 ラーサー様が今の地位に着いた際に彼女もジャッジに復帰してきた。

彼女の何が問題かというと、 どうやらドレイスとノアは同僚以上の関係… 分かりやすく言うと2人は恋人同士だったらしいのだ。 はっきりと言えないのは、ノアがドレイスの話になると言葉を濁すからだ。 言いにくそうにする弟を見ると私もなかなか相談しにくいといった次第だ。

ドレイスの誘いを断るのは何度目だろう? 彼女が部屋に来るということは、 仕事の伝言等のみで「はい、さようなら」 というわけにはいくまい。 かといって、2人きりになってしまうと私もどう扱ったらいいのかわからないし、 むやみに彼女を拒否して弟が嫌われてしまったら申し訳ない。

私は思い切ってノアとラーサー様にドレイスには現状を伝えるべきだと進言した。
ラーサー様は賛成してくださったが、 ノアが頑なに拒否した為、今の状態が続いている。

「すまない、バッシュ。いましばし我慢してもらえるか」

その為には自分がドレイスに嫌われるようなことがあっても構わない、という弟に 私はただただ頷くしかなかった。

それにしてもいくら似ているとはいえ、 何故ドレイスは私がノアではない、と気付かないのだろう? 兄としては弟とそういう仲であったのなら真っ先に気付いて欲しいものである。 バレてしまっては困るというのに複雑な心境だ。



「弟とジャッジドレイスの関係について詳しく教えて貰えないか?」
「私もお互いの部屋を何度か行き来していたくらいしか知らんのだが」

弟には相談できないとなると、他に真実を知っているザルガバースに相談するしかなかった。 だが、彼もあまりこのことには触れて欲しくないという感じがした。

「弟の調子はどうだ?」
「一応少し話すくらいはできるが、まだ安心できないな。 私としては彼女がノアを見舞ってくれれば少しは元気になるのでは、と思ったのだけれど」
「その弟が「話すな」と言ったのであろう?では現状のままでいるべきだ」

ザルガバースの言うこともわかるが…。 首を捻っていた私は以前から気になっていたことを聞いてみることにした。

「ザルガバース。ジャッジドレイスのことだが…。 ノアと交流が深かったであろう彼女が私の正体に気が付かないのは何故だろう?」
「顔の傷のことは何と言ったのだ?」
「他の者と同じようにバハムートで怪我をしたと伝わっている筈だ」
「…卿は彼女に別人だと気付いて欲しいのかね?」
「…いや。どうなんだろう」

極秘事項は洩らさず。
これは私がダルマスカ騎士団に在籍していた頃から遵守してきたことだ。 私も家族の問題となるといけないと思いつつもいささか躊躇ってしまう。 考え込んでいた私にザルガバースは、

「気付いて欲しいならば、ドレイスに誘われるままに共に夜を過ごすといい。 さすがに彼女も相手が別人だと気付くだろう?」
「…!!何を言うのだ。そんなことになったらノアに何と言えば…」
「何もできないのなら深く関わらない方がいい。これは本人同士の問題であろう?」

そんな言葉を残すと彼はフイと去っていってしまった。
なんだか自分ひとりがウジウジと悩んでいるようで、自分が情けなくなってきた。 ここは早くノアに回復して貰うに限る。

あれから数ヶ月、何とか上手くやってこれた(つもりだ)。 ジャッジドレイスは意外と細かいことは気にしない人柄だったようで、 逢瀬が無くとも仕事を優先させていた私に文句一つ言ってこなかった。 やはり私ひとりが気負い込んで一人相撲を取っていただけらしい。

ノアはまだ痛々しい姿ながらも一人で歩きまわれるぐらいにはなっていた。 取り合えずこれで命に別状は無いだろう。
ホッとすると同時に自分が『ジャッジガブラス』でなくなる日も近いことを知る。 この仕事は決して楽しいものではなかったが、 そうなると少し寂しい気がしないでもない。

ある日、部屋のバルコニーから外の景色を眺めていたノアに

「バッシュ、ドレイスをここに呼んできて欲しい」

と頼まれた。 私は早朝、ラーサー様に呼ばれた際に一緒にドレイスがいるのを見つけて、 午後にノアがいる例のあの部屋にひとりで来るように伝えた。 始めは不振な顔をしていたドレイスだが、「了承した」と答えが返ってきた。

ノアがどういうつもりで彼女を呼ぶのか。 とりあえず同じ人間が同じ場所に存在していてはいけないだろうから、 私は部屋の影からそっと成り行きを見守ることにした。

ドレイスは指定した時間通りに部屋へやってきた。

「ガブラス、どこにいる?」

ノアは相変わらずバルコニーから帝都を眺めていた。 ドレイスはそこから少し離れたところで立ち止まった。

開いた窓から部屋に吹き込む風で、カーテンがふうわりとなびく。 その隙間から見えたノアの姿にドレイスは戸惑いをみせた。

「卿は…ガブラス…か?」
「そうだ。俺だ」

振り向いたノアにしばし呆然としていたドレイスだったが、 すぐに駆け寄りノアに飛びついた。

「私は…私は卿が死んでしまったとばかり…!!」
「あぁ。『ガブラス』の正体に気付かないフリをしていたらしいな。 おかげでバッシュが困っていたぞ」

ノアがドレイスの髪を優しく梳いて彼女を落ち着かせる。 顔を上げたドレイスの目じりに浮かぶ涙にノアがそっと口付けた。

「卿の兄上がジャッジの鎧を着ているのを見たとき、 あぁ、もう『ガブラス』は戻ってこないのだと思った。 どうにもならない気持ちをバッシュ殿で紛らわしていたのだ。 申し訳なかったと思う…。 決して満たされることは無いと分かっていたのに」

いつもの力強い彼女のものとは違う、その声に あぁ、やはりこの人はノアの愛しい人なのだ、と知る。

ノアは彼女の肩を少し強く抱いて言った。

「生存を伝えられなくてすまなかった。 もし…あのまま回復できずに生きて戻れぬなら、よりお前を苦しめてしまうと思ったのだ。 もう、何処にも行かない…!!」

2人はその場で互いの体温を確かめ合うように抱き締め合った。 心地よい風が2人を祝福するように包み込む。

その様子を見ていた私の側にはいつの間にかザルガバースが側に居て、 私と同じく暖かい目で2人を見守っていた。

「ザルガバース卿、あなたはドレイスが私に気付いていたことを知っていただろう」
「…彼等とは付き合いが長いものでね」
「知らなかったのは私だけか。卿も意地が悪い」

フと微笑したザルガバースは

「卿とガブラスは流石に双子とあって顔の作りは似ているが… 正直、似ていないのだよ。雰囲気がまるで違う。 どちらかと深く交流のあった者ならば、間違えることは無いだろう。 これからどうするつもりかね。このままジャッジを続けてみるか?」
「お誘いは有り難いが、私には向いていないようだ。 自分の事はこれからゆっくり考えるさ」

何十年かぶりに故郷に帰ってみるのもいいかもしれない。 ずっと孤独に生きてきたと思っていた弟に大切な人がいたと知って嬉しかった。


いまだ抱き締め合っている、幸福そうな2人を見つめる。
なんだか私も年甲斐もなく恋をしてみたくなった。



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