身体が重い…。
穏やかな光りが身体に当たる感覚。
それとは別に頬に微かに感じる柔らかい感触。
俺はこの温もりを知っている。
閉じた目蓋をゆっくりと開くと、白く鈍い光が目に差し込む。
光りが目に馴染んできたところで頬に触るものの正体を知った。
「…ドレイス?」
彼女はいつもの厳い鎧ではなく、白いワンピースを着ていて、俺は彼女の膝を枕にして寝て居たらしい。
彼女はその両手で俺の顔を包み込み、微笑んでいた。
「…俺は何をしていたんだか?」
「ただ、寝ていただけだ」
少し痛むこめかみを押さえ、身体を起こした。
周りを見回すと見渡す限りの草原、側には小さな湖。
自分の知らない土地であった。
「俺は…こんなことをしている場合では無かった気が」
するとどんどん記憶が蘇ってくる。
俺は確かバハムートで…。
そのあとシュトラールで兄に手を取られていたときまでは覚えてる…が。
そこまで思い出して、自分の状況が分かった。
「俺は死んだのか」
「そうなるな」
そういうことであれば、ドレイスがこの場にいるのも頷ける。
彼女は俺に背を向けて小さな湖を見つめている。
裸足で湖面を蹴る様子は童女のように見えた。
「魚でも居るのか?」
ここがどういう世界か分からないが、ごく一般的な質問が出てくる自分が可笑しく思えた。
苦笑しながら傍らに立つ俺を一瞥して、彼女は湖に目を戻し、
「卿も見てみろ」
そう言って指を指す。
湖の中にはよく見慣れた噴水の前で、書類を読むラーサーの姿が写っていた。
その傍らには自分が今まで着ていた鎧姿。だがその顔は自分ではなく、兄のものであった。
「卿の兄はよくやってくれているようだぞ」
「…あぁ、そうだな」
本来ならばアーシェの側に戻るはずであったろう、兄。
自分のエゴで兄を縛りつけてしまったことを少し後悔している。
だが…ラーサーの事は他の誰にも頼めなかった。
今も昔も信頼できる人物が彼しか居なかったから。
「悔やんでいるのか?」
俺の表情を読んで、ドレイスが呟く。
悔やんでいない、と言えば嘘になる。
だが、最後に兄に我侭を言って遠い昔に置いてきたものを取り戻せたような気分になり、満足していた。
離れていた兄と自分を繋ぎ直すことができたのだ、と。
改めて、このだだっ広い世界を見回す。
「俺は間違いなく地獄へ行くと思っていたんだがな」
「そもそも死後の世界に天国・地獄が存在しているか、なんて誰にもわからん。
ここがどういうところかは知らんが、気が付けば私はひとりでここに居たのだ」
そういう彼女の顔を改めてまじまじと見つめる。
自分の手の中で、まだ彼女を刺したときの感触が残っている。
血を流し、その体温が無くなるまで、俺は微動だに出来なかった。
「私はあれからずっと卿のことをこの湖から見ていた」
彼女はそんな俺の気を知らずか、にこやかに話し続ける。
「あれからずっとラーサー様の事を守ってくれていたな。
私の死は無駄にならなかった訳だ。
私の意志を最後まで汲んでくれて、ありがとう。ガブラス…」
彼女がそっと俺の手に自分のそれを添える。
ああ、そうか。
生きてきて、負け犬と呼ばれた人生。
だが最後に俺は正しい選択をしたようだ。
それは…死んだ彼女を独りにさせなかった、ということ。
「これからは…ずっと一緒に居られるな」
「どうかな。この身体とてかりそめの身体。いつ魂だけの存在になるか分からんぞ?」
フフ、と笑いながら俺の腕を取って楽し気に歩く彼女。
「今のこの身体はどういう状態なんだ?」
自分の手をまじまじと見つめ、考えた。
体温は…ある。自分に触れてくるドレイスからもそれは感じられる。
だが今まで自分達が存在していた世界とは別次元の存在だということは感じ取っていた。
「分からないが、死すれば別の世界での生が存在するのかもしれんな」
虚空を見上げる彼女を見やる。
彼女と一緒ならどこへ行こうと不安はなかった。
「なぁ、ドレイス。この世界のこんな身体でも子供を作ることができるんだろうか?」
その質問に彼女は目を丸くし、卿は何を言ってるんだ、と頬を染めた。
バッシュ…。
少し苦労させてしまうが、帝国見直しのメドが着いたらお前にも自分の幸せを見つけて欲しい。
ある時は支えあい、憎み、妬み、羨望し。
俺はずっとお前のおかげで生きてこれた。
死してさえ、俺は幸せだよ。
ありがとう。