ここでは希望と絶望が隣合わせに存在する。
誰もが夢を見る地であり、
何かを捨て去る地でもある。
そこに在るには絶対的な力。
今日も多くの者が豊かな生活を夢みてその地に降り立つ。
その国の名は帝国『アルケイディア』
私達はソーヘン地下宮殿を抜けてやっと帝都に辿り着いた。
着いてそうそう気になったのが、貧富の差だ。
旧市街地の荒れ果てた状況を見てみて驚きを隠せなかった。
その実態を目にして隣でボソっとヴァンが
「なぁ、バッシュ。ここ、ホントに帝国なのか…?」
と聞いてきたくらいだ。
あれだけの力を持つ国のことだ。
我々の中でたいそう華やかなイメージがあったのだろう。
だが、そこには生きる希望を亡くした『外民』達が
今にも崩れそうな建物の間で力なくたむろっていた。
まだダルマスカのダウンタウンに住む者達は目に力があった。
ここの住人は誰も信用できずに怯えた目をしていた。
こうなったのも上に立つべき者がこの地に目を向けなかったことにある。
政治や戦争、権力争いの事しか考えず、
本来守るべきものが何かが分からなくなってしまったのだろう。
ふと『弟』の顔が思い浮かぶ。
この国で『外民』としてやって来たであろう彼。
ここの住人のように辛い生活をしてきたのだろうか。
母との別れをたったひとりで乗り切ったのか。
未だ彼はひとりで生きているのか。
彼を支える暖かな手は側にあるのだろうか。
今、この旧市街地の現状を見て、弟はどう思うのだろうか。
様々な思いが交錯する中、
私は掛けられた声で現実に戻り、仲間と共に都市部へと入っていった。
*
都市部に入ると別世界のような街並みと整った装いの政民・新民達の姿が目に写った。 『下』にいる者たちを踏み台にしてのし上がってきたのだろう。 なるほど、バルフレアの言う通り『別の意味で汚い』場所のようだ。
ヴァンやパンネロは初めて目にする建築物の華やかさに驚いたりはしゃいだりしている。
彼等のような素直な子供達を見ていたら、
私の中で燻っていたものが晴れていくような思いがした。
彼等と一緒に冗談を言い合っていると、バルフレアが別行動すると言い出した。
「なんだよう。一緒に買い物いこうぜ、バルフレア」
「遊びに来たんじゃねぇぞ、ヴァン!
何が楽しくて野郎とショッピングしなきゃならねぇんだ」
バルフレアはさもウザッタイというように手をヒラヒラさせて、
追い払うような仕種をした。
プウと頬を膨らませたヴァンは拗ねて怒りだした。
「いいよ、パンネロと一緒に見てまわるから。行こうぜ、パンネロ!」
「あ、待ってよ、ヴァン!」
パンネロの手を引いて駆け出そうとするヴァンに、バルフレアが釘を刺した。
「おいヴァン!観光はいいが、面倒は起こすなよ!」
「いちいちウルサイな〜。そんなに信用できないのかよっ!」
「お前、そんな事言ってラーサーの前で将軍の名前出したろ?
ここはビュエルバよりヤバイ。うっかり口に出せばスグに情報屋の耳に届くぜ?」
過去の自分のミスを指摘されすっかりしょげてしまったヴァンを見て、
私は助け舟を出した。
「まぁそう虐めるな。ヴァンも今の状況くらいよく分かっているさ。
ヴァン、私も立場をわきまえて行動する。お互い気を付けよう」
すぐに立ち直ってヴァンはにこりと笑うとパンネロと共に別れを告げた。
「おい過保護」
「…私の事だろうか」
バルフレアがここに着いてからイライラしているのは分かっていた。
無論、私かフランにしか気付かせない程度だが。
「俺は個人的な用事がある。…着いてくんじゃねぇぞ」
「そうか、分かった」
私も薄々彼がなにかしらこの地に関係があると気付いていた。
彼には彼の思うところがあるのだろう。
何かを隠してると思ったが、私はこれまでの旅の過程で彼の事を信用していた。
彼は帝国に私や殿下を売ったりするような人間ではないので、
好きにさせておくことにした。
「私はフランと少し帝都を見て回ったら、大人しく宿にいるわ」
「殿下。それでは私もご一緒に…」
殿下は首を左右に振って目立たぬよう白いフードを被った。
「あなたもここではゆっくり考えたい事があるんでしょう?
………いろいろと」
そういえば、先程『弟』のことに思いを馳せていたときに声を掛けてきたのは殿下であった。
私の考えなど殿下には筒抜けというわけか。
ゆったりと歩いていくその後姿に私は頭を下げた。
「大丈夫よ、私が側についているから」
そんな私を見たフランがそっと肩に手を触れて微笑んだ。
一一一頼む。私は微笑み返す目でその思いを伝えた。
*
それにしても。
正直、此所に来て何をしていいのか分からない。
この敵地でもある帝都で破魔石の情報を集める事もできず、
まさか弟に会いに行く訳にはいかない。
そんな事をすればまた鳥籠の中に逆戻りだ。
取りあえずは宿に帰ってから皆と話し合うことからだろう。
こんな事ならばヴァン達と一緒に買い物に付き合えば良かったかもしれない。 私は広い公園のような場所にあったベンチに腰を降ろした。
何気なく側の植え込みに在った小さな花に手を伸ばした。 白く柔らかい花弁は中心に向かって淡い青のグラデーションが掛かっている。 活き活きと花弁を広げるその姿はとても美しかった。 砂漠に咲くガルバナもこの花にも負けず美しい。
ダルマスカとアルケイディア。
双方美しいものを愛でる心は同じでも人々の心は相容れないものなのか。
私は白い花を一輪摘み取ってそっとその匂いを嗅いだ。
「勝手に公共の物に手をつけるとは感心せんな」
急に掛けられた声ではっと顔を上げると、
ひとりの貴婦人が鋭い眼差しで見下ろしていた。
ひと先ず相手が帝国兵では無かった事に胸を撫で下ろした。
彼女は落ち着いた雰囲気の白いドレスに細やかな刺繍の入った黒い日傘を差していた。
長い髪の女性が主流らしい帝都で短く揺れる銀髪が印象的だった。
どこかの名のある家柄の婦人といった風貌だ。
「…これは失礼した」
私は立ち上がって一礼した。
この国の者とあまり関わりを持たない方がいい。
そう判断した私だが、彼女はその場から立ち去ろうとはしなかった。
「隣に座っても宜しいか?」
「…どうぞ」
私はベンチの端に寄り、彼女が座る場所を空けた。 ここで断ると不振に思われるかも知れない。 彼女は小さく礼を言い、私の隣に座った。 目はまだ私の手にある花に向けられたままだ。
まだ私は咎められているのだろうか。
手持ち無沙汰になり持っていた花をくるくる回していたが、
そのうち彼女の視線に居た堪れなくなってしまった。
私は厳しい顔の彼女の目の前にスっと花を差し出し、
「…貴女に」
彼女の日傘を持っていない方の手を取って花を握らせた。
彼女はつい条件反射で受け取ったが、
すぐに目を丸くしてそのうちクスクス笑い出した。
「ふふっ。あなたは面白い方だな」
妙な男と思われたようだが、取りあえず憮然とした表情で見られているより、
笑顔を向けてくれる方が良い。
機嫌が直ったのか、彼女は渡した白い花を胸元に飾り、私に話し掛けてきた。
「帝国に来たのは初めてか?」
「そうだ」
「印象はどうだ?」
「この新市民区域は住みやすそうだ。タクシー等のシステムも画期的だな。
充実した生活空間…。さすがに帝国といったところだ。だが…」
「だが…どうした?」
「あなたは御存知か分からないが、私はここへ来る前、『下』を見てきた」
それは旧市街地の事を指してることに彼女も悟ったようだ。
「あそこを見る限り、どんなに栄華を極めようが帝国は良い国とは言えん」
「…それを言われると耳が痛いな」
彼女は苦い顔で苦笑した。
「このままで良いなどとは思っておらん。
我々には変える力は無いが、ラーサー様ならこの国を変えられる筈だ」
彼女は皇帝宮のある方角をグっと見据えて言った。
確かにラーサーと旅をして、彼が幼い少年とは思えぬ程、聡明だということは分かった。
「ラーサー殿はまだ幼い。帝国をその小さな身体で支えていくのはとても酷なものだ。
身近にいる者達が共に支えていかねばならんだろう。
ところで…兄であるヴェイン殿では駄目なのか?」
私がヴェインの名を出した途端、彼女の顔が厳しくなった。
「あのお方はたとえ兄弟であれ己の利益の為に利用しかねん…」
彼女は吐き捨てるように言うと黙り込んだ。
帝国内には元老院を筆頭にヴェインをよく思っていない者が多い。
彼女は特にその傾向が強いようだ。
私の探るような視線に気が付いたのか、彼女は話題を変えた。
「あなたにはご兄弟はいらっしゃるか?」
「双子の弟がひとり…今はもう兄弟とは思われていないが」
「絶縁状態であると?」
「いろいろ事情があってな、憎まれているのだ」
「憎まれているのは、それだけあなたに強い想いがあってのことだろう。
憎まれている内はよい。忘れ去られるよりよっぽど、な」
改めて彼女の顔を見た。その表情はどこか遠くを見ていて寂しそうだった。
彼女の横顔に見とれていると再び質問された。
「あなたは弟を憎んでいるか」
「いや」
これだけははっきりと言える。
「いろいろあったが…彼の想いは私が一番よく知っているつもりだ。
私達はどこまでいっても兄弟さ」
何故初対面の彼女にこんな事まで話してしまったのか分からない。
でも私は第3者に弟への想いを吐き出したかったのかもしれない。
仲間の誰にも『弟』の話はできそうに無かったから…。
「その答えが聞けて良かった」
彼女は目を細めて柔らかく微笑んだ。輝くような笑顔がとても美しかった。
そういえば、まだ名前も聞いていない。
「…失礼だが」
「いたいた、バーッシュ!!」
話し掛けようとしたところで良く知る声に苦笑いしながら振り向く。
あんなに気を付けるように言ったのに。
「…どうしたヴァン」
「バッシュもさぁ、このリーフってやつ集めてくれる?
タクシーに乗るのに必要なんだ」
ヴァンは私の足元に注目して言った。
「あ、なんだバッシュも1個持ってたのか?」
………?
私の膝の上には例の『リーフ』らしきものがあった。
隣に居た彼女も居なくなっていた。
私の連れに気遣って去っていったのだろう。
このリーフはおそらく彼女が置いていったものだ。
「ヴァン、その手に持っているのは」
私は彼が手にした広告のような紙が気になった。
「あぁ、コレ?『アルケイディア新聞』だよ。
最近の帝国の情報を得ようと思ってさぁ…俺だっていろいろ考えてるんだぜ?」
ヴァンは得意そうに鼻を擦りあげると新聞を広げて見せてきた。
私がその様子に微笑みながら中を見ていると、ある一点で目が止まった。
「あ、皇帝暗殺の話題だろ?元老院って連中が犯人らしいけど…」
「…問題はそこじゃない」
『ジャッジマスター・法に背き裁かれる』
そのコピーの下に載っているジャッジの顔写真。
これは…!!
今。
つい今先程まで会っていた女性じゃないか!
「その人、帝国に逆らったっていうけど。
本当のトコどうなんだろうな…って、おいバッシュ!!」
ヴァンの言葉が終わる前に私は彼女が居なくなった方向へ駆け出していった。
角を曲がる際、そこから出てきたパンネロにぶつかった。
「きゃ!!」
「す、すまない!」
「バッシュ小父さま!?どうしたんですか?」
「パンネロ、今この辺りで短い銀髪の貴婦人に出会わなかったか?」
驚くパンネロの肩を掴んで問うたが、彼女は小首を傾げた。
「う〜ん…ここに来るまで誰にも会わなかったんですけど…」
「そうか…」
私は彼女の消えた方向を見据えて、新聞に書いてあった名前を呟いた。
「ジャッジ・ドレイス…!!」
*
アルケイディスの郊外。森の中の奥まった窪地にそれは在った。
ひとりの男がそこに近付くと眉をひそめた。
彼、ジャッジ・ガブラスは小さな花束をそっと足元に置いた。
まだ真新しい墓にはドレイスの名前が書いてある。
そこにはガブラスの前に誰か訪れたのか、
小さな白い花が一輪添えてあった。
「…誰だ?」
謀反人として扱われている彼女の元には部下はおろか、家族ですら近付こうとしない。
ラーサーも立場上、ここに来るのは危険だと分かっている筈だ。
ガブラスの声が聞こえたのか、小さな花はゆらりとそよ風に揺らめいた。