砂漠の国というだけあって、1年中ほぼ暖かい気候に包まれるダルマスカだが、 その気候以上に熱気溢れる場所がある。 市街地西部に位置するムスル・バザーだ。 地元民はもちろんのこと、貿易商人や旅行者で常にごった返している。
ラバナスタの活気向上の為と帝国もこのバザーの存在を容認しており、
この日も種族問わず様々な人が思い思いの品を持ち寄っていた。
人の波に押されながらもひとりの少女がステップを踏みながら階段を掛け昇っていた。
「パンネロ、そんなに急ぐと転んでしまうよ」
声を掛けられ少女、パンネロはくるりと振り返った。
「アハハ、ごめんなさい。ついここへ来ると気持ちが弾むんです」
軽く頭を掻くパンネロがペロ、と可愛らしく舌を出すのを見て、
バッシュは思わず苦笑してしまった。
買い出しはラバナスタに詳しいヴァンとパンネロが進んで行っていた。
ミゲロの店で買い物をするとたまにオマケして貰っていた、という理由もあるが。
今日はヴァンがバルフレアからシュトラールのエンジンルームを見せてもらえることになっていて、
バッシュが荷物持ちを買って出たという訳だ。
ヴァンにしつこく詰め寄られて、しぶしぶと引き受けたときのバルフレアの表情を思いだして
バッシュはクスリと微笑んだ。
なんだかんだ言って彼は面倒見がいい。彼曰く『そりゃアンタのことだ』だそうだが。
「おじさま、楽しそうですね?」
いつの間にかパンネロが側にきてバッシュの腕を取って見つめていた。
まだ少女とはいえ、女性に接近される機会があまり無かったバッシュは狼狽えてしまった。
「そうだね。
きみのように若くて可愛らしい女性と一緒に買い物ができるなら楽しくもなるさ」
とくに考えもせず正直に答えると、パンネロが火が付いたかのように真っ赤になった。
「も、もう!おじさまったら。お世辞でも嬉しいです…」
パッと花が咲いたかのようにコロコロ笑う少女にバッシュは心暖まった。
「せっかくバザーに来たんですもん、楽しんでいきましょ!」
ホラホラ、とバッシュは腕を引っ張られながら歩いた。
すれ違った婦人達がその様子が微笑ましく見えたようで、クスクスと笑い合っていた。
「ええと、あれとそれと…必要な物はあらかた買い揃えたしそろそろ宿に帰りましょうか?」
指折り数えながら話すパンネロを見て、バッシュが何気なしに声を掛けた。
「パンネロ、何か好きなもの買ってあげようか?」
しばらくボーっとバッシュの顔を見ていたパンネロだったが、
すぐに気を取り直して可愛らしく腰に両手を当ててプゥと頬を膨らませた。
「ダメですよ、おじさま。お金は少しでも貯えておかなきゃ後で後悔します」
「きみの言う通りだな。肝に命じておくよ」
注意されて胸に手を当てて深々と頭を下げるバッシュの様子を見てパンネロは
「ウフフ。私を喜ばそうとして下さったんですよね。
だったら私と一緒に来て欲しいところがあるんですけど、いいですか?」
*
バッシュがパンネロに連れて来られたのは市街地北部にある高台でバザーが一望できた。
時折吹き込む熱気を帯びた風が心地よい。
パンネロは彼女の身長より少し高い塀に寄り掛かり、ぐぐっと背伸びをして景色を覗き込んだ。
「小さい頃、よく父に背負われてここに来ました。
辛いことがあってもこうして人々の活気溢れる姿を見ていると生きてるって実感するんです。
…戦争ばかりで決していい時代に生まれたとは言えませんし孤児の数も一向に減りませんけど、
ここに来るとダルマスカもまだまだ捨てたもんじゃないぞ、って思えるんです」
ふむ、とバッシュは頷く。
「私もよくここへ来たよ」
「あ、そうか!景色の良い穴場を教えたかったんですけど…
ラバナスタはおじさまの方がずっと詳しいですよね。…ちょっと恥ずかしいです」
「いやいや、君が私と同じものを見ていたのだと思うと嬉しい」
そう言いながらパンネロの手を取ったかと思うとひょいとその背に背負った。
「お、おじさま!」
「子供の頃の景色と比べてどうかね?」
バッシュに背負われるとパンネロの目線が少し高くなる。
子供の頃は目線が変わると世界がぐっと広がったような気がして感動を覚えたものだ。
パンネロは目を瞑って父の背から覗いていた風景を思い出していた。
「う…ん。人々の雰囲気は変わってないんですけど、
何かこう、見えない囲いに覆われてるっていうか…
上手く言えないんですけど幼い頃の風景とは違った感じがします」
パンネロは手をまあるく広げて自分の中に見ているものを伝えようとしてくる。
「昔と違うのは…今は国中に帝国兵が居るからか?」
「そうかもしれません。ラバナスタの街が透明の箱の中に入れられていて、
それを誰かが外から見張ってる、というかそんな感じです」
「誰かとは…執政官の事かね?」
「…そうかも知れません。でも最近私が感じているのは…
閉鎖された生活の中で自分の心の恐れが作り上げた人物、じゃないかと」
不安に目を伏せたパンネロはバッシュの肩にそっと顔を埋めた。
バッシュはその大きな手でパンネロの頬を撫でると優しく微笑みかけた。
「きみのような不安を抱えた人々が大勢いる。
彼等が安心してダルマスカで暮らせるようにするのが…」
「私のつとめだな、ですか?」
バッシュの口癖をマネてクスクス笑うパンネロにバッシュは目を丸くした。
「笑ってゴメンなさい、おじさま!…ダルマスカに平和を、ですか。
なんだかおじさまが言うと叶うような気がします」
パンネロは両手でバッシュの首にぎゅっと抱き着いてそのふわふわとそよぐ髪に小さな鼻を近付け
くんかくんかとその匂いを嗅いだ。
「…おじさまはお日様の匂いがします」
「お日様?」
「はい。よく日光に当ったチョコボの匂い。とても安心できます…」
「おいおい、それじゃ私はチョコボ臭いってことかい?」
「え〜!?あれは臭いんじゃないですよ!良い匂いなんです!!」
「ふむ。私ときみとは気が合うな!」
2人してひとしきり大笑いするとお互いなんとも言えない暖かな気持ちに包まれた。
「パンネロ、またここに来よう。…取り戻せるさ、きっと」
「はい!約束ですよ」
お互いの小指をそっと繋いでやがて来る未来に想いを馳せる。
2人が旅を終えて離ればなれになっても、ここに来れば思い出すだろう。
上手く口に出来なかった想いもきっと。