離れてもその手の温もりは忘れず

戦士達は旅を終え、帝国がラーサー政権となり平和といえる日々が続いていた。

ここはジャッジ・ガブラスの執務室。
ガブラス…となった元将軍、バッシュの1日は自室での書類チェックで終わる。 毎日のように届く書類や手紙に目を通し、サインをする。 初めはノアのサインに似せる為に戸惑いながらであったが、今は表情も変えずルーチン作業に勤しんでいた。

いつもと違ったのはその中に見覚えのある可愛らしい文字が書かれた手紙が混じっていた事。 その封筒の柄が他の書類の束とは明らかに不似合いな花柄でなければ気付かなかったかもしれない。

暫くその封筒を眺めた後バッシュは目を細めて微笑み、封を開けた。


彼がよく知る少女、パンネロからの手紙。
彼女の近況を記したその文字を目で追いながら、ある1点で目が止まる。

『バッシュ小父様。私、お嫁に行きます』
バッシュは長い間、その文字から目が離せなかった…。

晴天の中、多くの人々が新しい生活を迎える2人を祝福する為に集まっていた。 礼服に身を包んだバッシュは人々をかき分け、チャペルの横の小さな小屋に向かって進んでいた。

そんな中、バッシュの心の中は複雑な想いが渦巻いていた。 パンネロの結婚はとても喜ばしいことだと思う。 共に旅した仲間に祝って貰いたい、という彼女の気持ちは当然の事だ。

なのにこの気持ちは何か。
胸の奥に引っ掛かる重いものを抱え、バッシュは小屋をノックした。
どうぞ、と声が掛かり、キィと扉を開けた。

「………っ!!」
バッシュは思わず息を飲んだ。

そこには鏡台の前に腰を掛け、真っ白なウェディングドレス姿のパンネロが居た。 その髪はいつもの三つ編みではなく、小さな頭の上でアップされ、マリアヴェールを付けていた。 ほんのりと化粧された顔は幼さが残るが、彼女の女性らしさがぐっと引き出されていた。

いつまでも少女と思っていたパンネロは、自分が気付かないうちに大人の女性へと成長していたのだ。

「バッシュ小父様!ジャッジのお仕事が忙しいのに無理をお願いしてごめんなさい」
「いや、私は有り難い申し出だと思っているよ」

その小さな胸の前で両手を組み、お願いのポーズを取るパンネロに、バッシュは中身は変わらないのだな、と安堵した。

彼女の「お願い」はこうだ。
パンネロは戦争で両親、兄を共に無くし、本当の家族は存在しない。 よって結婚式でバッシュに父の替わりに一緒にバージンロードを歩いて欲しいというのだ。

あの旅の間、自分によく懐いてくれたパンネロに、いつの間にか自分の娘のような感覚を覚えていたバッシュであったが、このような日が来るとは思っていなかった。

「こんな事お願いできるの、小父様しか居なくて。今日は宜しくお願いしますね」

はにかんだように微笑む彼女を見てバッシュは苦笑した。

いよいよ式が始まる。
バッシュは緊張した面持ちのパンネロを見、その手をぎゅ、と握りしめた。 それに気が付いたパンネロはバッシュにだけ届く囁くような声で、でもはっきりと言った。

「…ずっと。ずっとあなたの事を本当の父親のように思ってきました。 旅の短い間だったけど、私の事見守っててくれて感謝してます。 …ありがとう、お父さん」

驚いて目を見開くバッシュにパンネロは頬を染めて微笑んだ。

「今日の君は…特に美しいよ、パンネロ」

呟くバッシュの腕を取って、パンネロはその手を握り直した。
2人の気持ちに押されるように、チャペルの扉が開いた。

赤い絨毯の上をゆっくり、ゆっくり歩く。 その時間は共に旅をした時間より長く感じられた。

やがてパンネロはバッシュの手を離れ、側の新郎の元に寄り添う。 バッシュの目には、周りがぼやけて見えてパンネロの表情がよく見えなかった。 窓から差し込む後光に映し出される彼女の姿が、ただただ、眩しかった。



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