もう何度も見なれた景色。
太陽がゆっくりと遠い砂漠の向こうに沈む。
時折強い風が砂埃と共に頬を掠める。
ウォースラは紅く染まる空をじっと見つめていた。
「みなさん〜!!ご飯の用意ができましたよ!」
パンネロの元気な声があたりに響く。
今日はダルマスカ砂漠での野営で、慣れた手付きでパンネロが食事の用意をした。
皆、砂漠の横断で疲れた顔をしていたが、
明日にもラバナスタに到着することもあり、幾分かその顔に余裕が出てきていた。
「待ってましたー!やっと飯の時間か!」
ヴァンは食事の時間になると子供のようにはしゃぎだす。
「明日は砂海亭の定食にありつけそうだし、やっと砂漠での食事から解放されるな」
「あ。ちょっとヴァン!それって私の作った料理が気にくわないってワケ?」
「違うって!パンネロが作った料理はどこの定食屋のより美味しいですー!」
「なんか馬鹿にしてるでしょ、その言い方!!」
エプロン姿におたまを手にしたパンネロがヴァンを追い掛けまわす。
見慣れたいつもの光景だ。
「おい。食事の時間くらいジっとしてられないのかよ、おまえら」
バルフレアが呆れた声で鍋の側の岩に腰を降ろす。
「ご、ごめんなさい。バルフレアさん。すぐに食事にしますね」
慌てて鍋の中身をお椀に装うパンネロに
「お嬢ちゃんは悪くないさ。お嬢ちゃんの気を引きたいあまりに、からかうヴァンが悪い」
バルフレアがお椀を受け取りながら、ニヤリとヴァンを横目で見やる。
「そ、そんなんじゃないって!」
「まぁ、いいじゃないか。食事が冷めない内にいただくとしよう」
最後に話を収めるのは、いつもバッシュの役目。
「バッシュ。ウォースラはどうしたの?」
まだバッシュに信頼を置ききれないアーシェは、
頼りのウォースラの姿が見えないと落ち着かない様子だ。
「そういえば…」
辺りを見回すバッシュに
「そこの岩場の上にいるわよ」
フランがスっと細く美しい指で指した先にウォースラは居た。
「私が呼んできましょう」
「おじさま、先に食べててください。私が呼んできますんで!」
立ち上がりかけたバッシュを制し、
ちゃちゃっとエプロンを外したパンネロはバッシュが止める前に岩場に駆け出していた。
「大丈夫かな、パンネロ」
「何がだ、ヴァン?」
パンネロの後ろ姿を見送るヴァンにバッシュが尋ねた。
「バッシュもアーシェも怒らないでくれよ?
アズラス将軍ってどうも話しづらいっていうか…ニガ手なんだよなぁ」
申し訳なさそうに話すヴァンにバルフレアは眉を釣り上げて
「それなら俺なんか空賊ってだけで目の敵にされたぜ」
「ふむ。それなら心配あるまい。
ウォースラは親切で話しかけた相手にまで無下にあしらうような男ではない」
やわらかく微笑むバッシュに安心したのか、ふぅん、と頷くとヴァンはお椀の中身を啜り始めた。
その顔を夕日に紅く染めたウォースラの後ろから、パンネロがそろそろと近付く。
「…アズラス将軍?食事の用意ができたんで、食べてくださいね」
小首を傾げて覗き込むパンネロをウォースラはチラリと目だけで確認し、
また視線を夕日に戻し、あぁ、とだけ呟く。
「夕日、見てたんですか?綺麗ですよね、砂漠に沈む姿が」
パンネロはウォースラの側にちょこんとしゃがみ込み、一緒に夕日を眺めた。
「誰かが言ってたんですけど、砂漠って砂だけで何もないところだって。
この人はこの景色を見て無いんだなって思いました。
ダルマスカにはこんなに素敵なところがあるんだって、教えてあげました」
得意げに微笑むパンネロに、ウォースラは向き直った。
「…何か、ありました?」
ふいに訪ねられ、戸惑うウォースラに
「なんとなく、人の不安とか感じ取れるんです、私。女の子の直感ていうんですかね」
あはは、と楽し気に笑った後
「私、とても感謝してるんですよ。
アズラス将軍は見えないところで2年間、ずっとひとりでこの地を守ってきたんですよね?
ラバナスタのみんなを代表してお礼が言いたかったんです」
パンネロは様々な想いを胸に秘めて、目を瞑った。
「アズラス将軍はきっとバッシュさんやアーシェ様にも言えないような悩みを抱えてるんだと思って。
私なんてバッシュさんみたいに頼りにはならないけど、良かったらいつでも話してくださいね」
照れくさそうに頭を掻くパンネロを見て、ウォースラは胸が熱くなった。
「…有難う」
「い、いいんですよ。それより、ご飯。早く食べないとヴァンが全部食べちゃいますよっ!」
照れ隠しにウォースラの腕を引っ張るパンネロに
「パンネロ。ラバナスタに帰ったら、ひとつ頼まれてくれるか?」
「え?私にできる事ならなんでも」
ウォースラの真剣な表情に戸惑いながらも、パンネロは頷いた。
*
パンネロは今まで遠くから眺めるだけで近付いたこともない大きな屋敷の側で、 どうしたものかと佇んでいた。
ウォースラの頼みはこうだった。
ラバナスタにある実家に住む母親に届けものをして欲しい、ということ。
現在、行方不明扱いとなっているウォースラは帝国に指名手配されており、
彼の屋敷も帝国兵に見張られている。
自分の家とはいえ、容易に近付けないというわけだ。
もちろん、死んだことになっているバッシュやアーシェを屋敷に近付けられないし、
こうしてパンネロが頼まれてやってきたのだ。
「う〜ん。私みたいな普通の女の子が貴族のご婦人に会いにきた、なんて怪しまれるかなぁ」
屋敷の門の前には帝国兵が2人、見張りとして立って居た。
(でも2年間、お母さまに会えずに寂しい想いをしてきた将軍の気持ちを考えたら、
後には引けないわ。頑張るのよ、パンネロ!)
ぐっと拳を握りしめ、ウォースラから託された小さな包みを見つめる。
気を引き締めてパンネロはゆっくりと門まで歩いて行った。
思ったとおり、門番はパンネロにうさん臭い目をして聞いてきた。
「こら、お前。こんなところで何フラフラしてるんだ?」
「ええと。私、アズラス夫人の知り合いでパンネロっていいます。
今日は奥様に頼まれていたものを届けに来たんです」
できるだけ自然に、と心掛けて答えた。
「ふうん…。ちょっと待っていろ」
兵の1人が屋敷に入っていった。
(うわ〜。どうしよう!夫人に「そんな人知らない」って言われたらお終いだよっ)
心の中では冷や汗掻きまくりのパンネロだったが、その心配はなかったようだ。
「入っていいそうだぞ」
帝国兵に言われるがまま、パンネロは屋敷に迎えいれられた。
(うわ〜…綺麗なところ。お城みたいだなぁ)
パンネロがキョロキョロ見回してると、年輩の貴婦人がゆっくりと近寄ってきた。
「お待たせしましたわね、パンネロさん?」
「は、はい!」
その人は目尻に皺が見てとれるが、とても優雅で美しく、そしてウォースラによく似ていた。
(この人がアズラス夫人。将軍、お母さま似なんだぁ)
「どうぞ、ゆっくりしていってくださいな」
夫人の気品あふれる仕種に緊張ぎみのパンネロであったが、
用意された温かい紅茶を飲んで少し落ち着いた。
「…で、どういった御用件でしょうか?」
向かいに座った夫人が切り出すと、パンネロは事情を話した。
何も言わずに話しを聞いた夫人は、ウォースラからの包みをそっと開いた。
中身は小さな銀色の指輪が一つ。細やかな薔薇の細工が入ったものだ。
手紙などメッセージの類いは入っていなかった。
「ええと…」
パンネロが何か言いあぐねいていると、夫人から尋ねてきた。
「パンネロさん。
あなたはウォースラが心に決めた女性、というわけではないのですか?」
…はい?一瞬意味を解りかねたパンネロだったが
「この指輪はアズラス家の嫡男が代々受け継いでいるもので、結婚相手に贈る品なのです」
夫人の答えに慌てて
「と、とんでもない!そんな恐れ多い…っていうか私はまだまだ子供ですしっ」
「でしょうね。ということは…」
俯いて指輪を見る夫人の真意を計りかねて、パンネロはおろおろしていた。
夫人はおもむろに立ち上がって、側にあったクローゼットから一枚のハンカチを取り出した。
先程の指輪と同じ薔薇の刺繍が入っている。
「パンネロさん、これをウォースラに。
そして母のことは何も心配せずに自分の信じる道を全うするように、とお伝えください」
「あ、あのアズラス夫人。もしよろしければ、息子さんと会えるように手配しましょうか?
私の知り合いの店でならこっそり会わせられるかも…」
夫人は優しく微笑み、
「有難う。でもウォースラに会ってしまえば止めてしまいそうなんで辞めておくわ」
「え?何をですか…?」
「パンネロさん、怪しまれない内にお仲間の元へお帰りなさい。ウォースラに宜しく」
パンネロは何度も頭を下げて、
夫人が焼いたお土産のクッキーとハンカチを持ってそそくさと帰っていった。
屋敷の窓から夫人はパンネロの後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。
その姿が見えなくなると、夫人はその場にストン、と力無く座り込んだ。
「…ウォースラ!!」
*
宿に戻ったパンネロはさっそくウォースラに事の次第を報告した。
「お母さま、お元気そうでしたよ。心配しないでって言ってました」
パンネロから受け取ったハンカチをじっと眺めていたが、
「有難う、パンネロ。危険が伴ったというのによく引き受けてくれた。恩に着る」
ウォースラはパンネロの顔を正面から見つめ、やわらかい目をして微笑んだ。
(あ、…笑った。やっぱりお母さまに似てらっしゃるわ)
いつもウォースラの無表情でキツい感じの目しか見ていないパンネロは、
ほわっと胸が温かくなった。
その表情に気を取られていたせいか、大切な指輪を何故母親に返してしまったのか
理由を聞きそびれてしまった。
クッキーは全部パンネロにくれると言われたので、なかなか口にできないお菓子を
孤児仲間で分け合う為に宿を出ていこうとすると、バッシュに呼び止められた。
「おじさま、何か用ですか?」
「君にお礼を言いたくて。…ありがとう」
「え!?私が何を頼まれたか知ってるんですか?」
「いや。君が帰って来てから、ウォースラの表情が変わった。
ずっと何かに悩んでいたみたいで気になっていたんだ。
…君が彼の望みを叶えてくれたんだろう?礼を言わせてくれ」
温かい手でそっと頭を撫でるバッシュにパンネロは
「そんなたいした事してないですよ」
くすぐったそうに笑って、宿を出て行こうとした。
「あしたはレイスウォール王墓に向かう。早く帰ってきなさい」
父親のように振る舞うバッシュに、パンネロは「はぁい」と元気よく返事をして出ていった。
運命の別れまであと少し。
******
オリキャラのウォスママを出してしまってすいません。
ウォースラは普通に家族がいらっしゃると思ったんです。
うまく書けませんでしたが指輪を返したのは暗に
『もう戻れない』
というウォースラの思いをママに伝えたかったからです。