俺の話を聞け

※帝国の手からアーシェを取り戻し、リヴァイアサンから脱出後

バッシュはビュエルバの酒場『浮き雲亭』でひとり物思いに沈んでいた。 これからの事をいろいろ考えなければならない…。 やっと信用を得られたであろう親友ともゆっくり語り合いたい。

手元のラム酒が入ったグラスを弄びながら、バッシュは窓の外の浮き雲通りを眺めていた。 プルヴァマ大陸に吹く強い風がバッシュの肩まで伸びた長い髪を揺らす。

…酒が進まない。
アーシェが心配な訳ではない。 彼女にはヴァンやパンネロが一緒にいるだろうし、 何よりウォースラが彼女から目を離さないだろう。

「あぁ、そうだ。ウォースラを連れてくればよかった」

バッシュはふと友の顔を思い出した。 思い出すのはいつも眉間に皺を寄せた顔ばかり。
2年前、バッシュはナルビナで別れてからウォースラの安否を心配していた。 やっと出会えて喜び合えるかと思ったら、返ってきた言葉は

「お前も帝国の犬かもしれん」

…ウォースラの立場上、そう言うしかなかったのは分かっている。 だが長年培ってきた信頼が簡単にも崩れてしまうものなのか。
いや、まだ自分達は共にアーシェを支えていかなければならない。 その過程の中で共に背を預けられる仲に戻れるハズだ。
バッシュは己自身に言い聞かせた。
どこか遠くを見つめるような姿のバッシュの後からその両肩にずしりと手が置かれた。 その手の人物は…

「………ウォースラ!!」
「ここまで近付いても気が付かぬとは…。しかも昼間から酒か?…俺にも飲ませろ!」

バッシュが止める間も無くグラスは奪い取られ、ウォースラはぐいっとラム酒を呷った。

「…っぶは!!何だこれは!相当ぬるくなってるな。 バッシュ、いつからグラスを握りしめてたんだ?」
「自分で人の酒を飲んでおいて文句言うな」

真ッ昼間から酒を飲んでいたことを注意されるかと思いきや…。 バッシュは意外な彼の行動に呆れで呆然となった。

「は!そうだウォースラ。殿下のお側に居なくてもいいのか?」
「殿下は一緒にいた少女と買い物に行かれた」

パンネロはダルマスカの民で偶然この騒動に巻き込まれてしまった娘だ。 悪い子ではなさそうだが、なんとも頼り無いように思えるのだが。
バッシュの考えを察したウォースラが

「ヴィエラが共に付いているから大丈夫だと言っていた。 …空賊の手を借りるのはいささか気が引けたが」

フランの強さを目の当たりにしていたバッシュはそれなら大丈夫か、と思いつつ、 殿下を人任せにしてまで彼が一人で行動するだなんて。

そうまでしてでも自分を探しに来てくれのだ、と思うのは自分の思い上がりだろうか。

「ウォースラ、私は…」
「まぁ、今日は黙って俺のグチを聞け」

そう言いながらウォースラはバッシュの隣にどかりと座り、 店主にビュエルバ魂を注文する。 昼間からそんなキツい酒を飲んで大丈夫だろうか。 バッシュはそんなウォースラの様子を見て少したじろいだ。

昔からいつもよくしゃべり、笑い、飲むのはバッシュで、 硬い表情で話を聞く役がウォースラと暗黙の了解ができていた。 バッシュはいままでと違う彼の様子を見て、 やはり2年の間で積もり積もったものがあるのだろうな、と感じた。

酒が入ったウォースラはよく喋った。 ナルビナから帰還した後、アーシェを救う為に危険な思いをしたことや、 解放軍をまとめていくことの難しさやらそういった苦労話だ。 ウォースラは将軍職に就いていたこともあり、 普段苦になる事があっても内に秘めていて、めったな事には表に出すことは無かった。

「…ウォースラ。本当に苦労したんだな」
「そうだぞ、バッシュ。最も大変だったのは殿下の事だ」

ウォースラはそれまでより少し声を潜め、周囲を見回した。

「年頃の娘の相手などしたことが無いので、どう対応していいのかが分からなくてな。 とくに殿下は露出の高い服装がお好きなようで困ったものだ」
「…!!そうだ。私もそのことを気にしていたのだ、ウォースラ。 もう少し裾の長い服を用意できなかったのか?」
「あの丈は譲れないそうだ…。 せめて脚が見えないようにと『足元が冷えますのでタイツでもはかれてはいかがですか?』と 申し出たのだが、『平気よ、暑いのはイヤ』ときたもんだ」

ウォースラはため息を吐きながら、肩を竦めてみせた。 確かに父親ならともかく、17・8才の娘に『若い娘が脚を出すな』とは言いづらい。 自分達が言うものなら、下手をすればセクハラだ。

「しかもだ、バッシュ。殿下を街へ連れ出す訳にはいかないだろう? 若い女性の下着や生理用品を買いに行かされる俺の気持ちが分かるか? あのときの店員の冷たい視線…。忘れられるものか!」

大の男が下着屋で固まっているところを想像して、バッシュは大笑いした。

「ハッハハハ…!!」
「バッシュ!!」
「いや、すまない。それは大変だったな。…いろいろ苦労を掛けた。有難う」

ひとしきり笑うとバッシュはウォースラを労うようにそっと肩を組んだ。 ウォースラは暫く剥れていたが、バッシュの様子を見計らって呟いた。

「これからはお前にも同じ思いをして貰うぞ」
「ウォースラ?」

神妙な顔つきのウォースラにバッシュが戸惑っていると、

「お前は妙に俺に気を遣って距離を置こうとしていただろう。 2年間、殿下を俺任せにしてきたことを後ろめたく感じていたんじゃないか?」

ウォースラはバッシュを諭すように続けた。

「俺がこんなみっともないことを話すのも、お前を信用しているからだ。 これからは2人で…殿下を支えていくぞ」
「ウォースラ…」

バッシュは自分が想うよりさらに自分の事を想ってくれていた彼の心情に気付く。 色々話したいことがあった筈なのに、何も出てこない。 ウォースラの夜の闇のような深く包み込むような瞳をみると、心のわだかまりが解けていく。

バッシュは無意識にウォースラを抱きしめて静かに涙を流していた。 ウォースラはそんなバッシュの背をポンと叩いてやった。

「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな…」

バッシュはウォースラの温もりに癒しを感じながら思った。 あぁ、彼の前では何も取り繕うようなことはしなくていいんだ、と。

「飲もうか、ウォースラ。俺が奢ろう」
「フン。やっと胸のつかえが取れたって顔だな」

では改めて乾杯を、とお互いの杯に酒を注いだ。 ウォースラはバッシュの穏やかになった目を見て聞いた。

「何に乾杯を?」
「そうだな。変わらぬお前と、これからも変わらぬ俺達の絆に」
「お前は…。よくそういうクサイ台詞がさらっと出てくるな!」

そう言うと2人してひとしきり腹が痛くなるまで笑いあった。

深夜遅くまで飲み、他愛無い話をしていたので、 2人が宿に戻ったのは皆が寝静まった頃であった。 バッシュはすっかりつぶれていて、ウォースラが彼に肩を貸して帰ってきたのだが、そのウォースラも部屋に入るとバタリと倒れこむように眠ってしまった。

その物音に何事かと部屋を覗いたアーシェは、 折り重なるように眠っている将軍達を見て

「もう!なかなか戻ってこないと思ったら2人して酔いつぶれていたの?」

仰向けで寝ているバッシュを睨んでやろうと顔を覗き込むと、 当のバッシュは憑き物が取れたかのように安らかな顔ですやすやと眠っているものだから、 アーシェは怒る気も失せてしまった。

「仕方の無い将軍達ね」

そう言って苦笑すると、アーシェは寝込む2人の身体にそっと毛布を掛けてやった。

「何の夢を見ているのやら」

アーシェはクスリと笑ってそっと部屋を出た。


後には静寂と規則的な2人の寝息のみが残った。



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